非凡

自分が凡庸で非才なことなんて、
ずっとずっと前から分かっていて、
だって別にかけっこだって速くなければ、
1番にテストを解き終える訳でもないし、
そこそこの数のAとそこそこの数のBをもらって、
成長したってそこそこの数の4とそこそこの数の5になっただけで、特になにも変わらなかった。

絵も、写真も、文章も、自分よりもずっとすごい人がたくさん、身近に、傍にいても、目の当たりにしても尚、諦めがつかなくて、諦めがつかない自分に陶酔したりなんかして、惨めって、言葉を、知らない方が幸せだ。後になって振り返って耳を赤くしちゃうようなことを本気でやっていたあの頃の自分が多分一番幸せだったし、死ぬほどダサくて嫌いだし、死ぬほど羨ましい。

あんなに憧れていたあの子に、なんの感情も抱かなくなった。むしろゆるめの嫌悪すら抱くようになって、なんかもう終わりだった。
みんなが見せてくれる、綺麗なものを、本当に綺麗だって、目を輝かすことができていたあの時の私は

死んだ

だんだん死んでいくのがわかっている。
でも、最近はそれでも幾分、楽だ。
諦めることは、望むのを辞めることは、
深呼吸の数が少なくなり、呼吸の数が増えることだと思った。楽だ。楽に思える。楽な気がする。

どんどん普通になっていく。怖くて涙が出るということはでも、まだ諦められていないんだね。
はやく、はやくはやくはやく、自分がいかに普通かを、喉につっかえたこれを、飲み込むことが出来たら本当に楽になるんだろう。

全身がきつく締められた縄を、千切るように楽になるのか、はたまた痛みに苛まれた全身の全細胞がストップするみたいに、楽になるのかは、まだ分からない。けど楽になることが、それがまだちょっとだけ、怖い。

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