ゆめ

泣いて泣いて泣いて泣き過ぎて息が出来なくなって目が覚めた。目を開けたら自分は泣いていなかった。そのことで、さっき見た景色は夢であったことを悟る。そしたらまた息が乱れた。嗚咽がこみ上げて、息を吸う度に涙が出て、息を吐く度にそれが流れていく。粘土みたいな私の胸を大きな三本指が下から上にやさしく深く、えぐっている感じがする。苦しくないけどもどかしい。

電車に乗っていた。
唐突に或る人が煙草を吸っている背中が見えた。
遠かった。景色の中にその人はいた。
長い坂道の中腹あたりにいる。顔は見えなかった。
玉のようにボヤけた煙草の先端の火は橙色で、背景は綺麗な桃色と水色のグラーデションで映し出された夕陽だった。今までで一番綺麗な夕陽だと思った。
その橙色と桃色と水色を見た瞬間、あ、もうダメだと思った。この人はもうどこか遠くに行ってしまう。多分もう追いつけない。間に合わない。

必死で走る。走って走って走った。
記憶の中のあの坂道まで死にそうになりながら走った。坂道を見下ろす場所まで着いた時、貴方の姿はもうどこにもなくて、うざいほどに美しい桃色と水色だけがその場所に残っていた。

やっぱり追いつけなかった。分かっていた。けど苦しくて苦しくて苦しくて分からなくなった。私がどれだけ、どれだけ貴方に生かされていたか、どれだけ貴方を生かしたかったか、貴方はなんにも分かっていない、と訳の分からない憤怒を抱えその場で大きな声を立てて泣いた。もう貴方には聞こえまい。

海底が見えた。大きな大きな、変なうさぎの置物だった。もうそれは浮かぶ事なんてないような重さであることが何となくわかった。ただ海底に鎮座している。貴方なんだなと思った。もう貴方はそこにいることを理解し、悟り、納得し、足掻くことをせずに、何ひとつの不満もなく飲み込んでただ、その場所にいることを選択している。
最後まで賢い人だと思った。
そんな貴方がわたしは本当に。

目から覚めてこの文章を書いて少し落ち着いた。きっと貴方はこう死んでいく。
今までも貴方の死を想像することは何度もあったけど、今回が一番近かったような気がする。

いつかは現実になる、夢の話

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