HELLO WORLD 感想

このレビュー記事には作品のネタバレを含みます。
未鑑賞の方は読まれないようにお願いいたします。




















虹雲の中にあらん我之を觀て神と地にある都て肉なる諸の生物との間なる永遠の契約を記念えん」(創世記9-16)

 『MATRIX』をはじめ、VRを舞台とした数限りない作品が生み出されたが、『HELLO WORLD』はその中で間違いなく現在世界最先端の一つであるように思う。

 主人公、堅書直実の元に現れる大人のカタガキナオミは、この世界が量子的に保存された「記録」に過ぎないと告げる。そして、クラスメートで同じ図書委員の一員である一行瑠璃と恋仲になる様に告げるのだ。

 導入部は恋愛漫画で近年増えてきた、未来からのメッセージ型の亜種とも思える。”現実世界”のカタガキナオミは堅書直実に神の手(グッドデザイン)を託し、予見される悲劇から一行直実を助ける様にと訓練する辺りから、少しずつ物語は加速される。

 様々な出来事を経て距離を近づけていく堅書と一行。
 二人を遠くから見守る勘解由小路の細やかなアシストもあり、二人はカタガキの筋書き通りでありながらも、無二の愛を刻んでいく。

 そして、運命の落雷の日。

 厳しい特訓の果てに神の手を使いこなせる様になった堅書直実は、妨害に対してその死力を振り絞り、天体、引いてはブラックホールまで創り出して、彼女を救ってのける。

 明らかになるカタガキナオミの真の目的は、”現実世界”の技術でも不可能な意識の再生であり、そのためにALLTALE内で落雷事故直後に近い状態に一行瑠璃の精神を同調させ、その上で彼女を”現実世界”で目覚めさせることであった。

 ALLTALEの妨害を受けつつも本懐を果たすカタガキナオミ。
 最愛の人を奪われても何もできない、堅書直実。

 臆病で何もできなかった堅書直実は死を覚悟し、世界の裂け目へと自ら、飛び込む。最愛の一行瑠璃を他ならぬ自分自身の手から救い出すために。
 ”ALLTALE内の記憶に過ぎない”とされた彼は、”現実世界”へと飛び出す。


「完全な仮想現実を創り出すことができるのであれば、この現実もまた仮想現実でないという保証はどこにあるのだろうか」

 『HELLO WORLD』は実に見事にその回答を体験させてくれる。
 野崎まどが『正解するカド』で見せてくれた体験を、さらに昇華した形としてである。

 物語は、堅書直実と一行瑠璃が全く新しい、観測外の世界で目覚めるところで終わりを迎える。そこには大きな虹がかかり、二人の姿を祝福してくれていた。
 この「開闢」の切っ掛けとなったのは、千古博士がALLTALEの自己修復を停止させたことによる。バタフライエフェクトを許容する記録はもはや、記録ではなく新しい世界であり、分岐した世界樹の枝である。

 千古とは万古に通じ、古くは盤古と記した。
 古代中国における世界開闢の神である。
 こういう細やかな遊び心もまた、野崎まどである。

 同時に野崎まどは「AIが無限に物語を創り出したらどうなるのか」という問いにも、一つの解を与えている。ALLTALEはアルテラと呼ばれていたが、ALL TALEつまり、全ての物語である。全ての物語を語り得る機械は、既に新たな世界である。


 最後にこの物語は”現実世界”と思っていたものこそが、カタガキナオミの意識のサルベージの為の物語だったと知らせて終わる。
 「一行瑠璃がカタガキナオミを目覚めさせようと、「一行瑠璃を目覚めさせようと堅書直実にカタガキナオミが接触した物語」を観測していた」のである。

 この二重入れ子構造のヒントは、作中に隠されている。
 図書委員のヒロインこと勘解由小路である。
 勘解由小路家は烏丸家の諸流であり、鴉と通じる。

 真面目で実直な一行瑠璃が、愛らしい勘解由小路を演じていたと考えると、仮想現実の楽しみ方にも新たな広がりが感じられる。


 VR作品としても、恋愛物語としても、SFとしても、『HELLO WORLD』は一級品である。
 いつの日か私も、一行瑠璃のような彼女が欲しいものである。



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