見出し画像

ウラジオストク駅にて

昨年の9月、夏の終わりにしてはやけに肌寒い地だった。日本、関西国際空港からわずか2時間半、なのに街行く人の顔ぶれはアジア人でなく西洋人ばかりだ。それもそのはず、ここはロシア・ウラジオストク。いくらロシアの中で南にあるといっても日本よりは当然北に位置する。街を出歩く人々の装いはもう既に長袖だった。
そんな中、半袖で季節感のない東洋人の僕はホテルから歩いて数分、ウラジオストク駅に着いた。別に今から列車に乗るわけではなく、かの有名なシベリア鉄道の終着駅がどんなものかと見にきたのだ。
駅舎は西洋の宮殿をイメージしたような荘厳な建物で、日本のそれとは明らかに異なる。
駅前には電光掲示板があり、そこには列車の時刻表が表示されている。時間の表示がだいぶズレているので故障かと思ったが、どうやらこれはモスクワの時間に合わせて表示されているらしい。さすが世界最大の国ロシア、国内にいながら時差を考える必要があるとは。
さて、時間はともかく行き先はというと…読めない。まったく読めない。全てキリル文字で表記されている上によく考えたらロシアの地名なんて全く知らない。そんな中、唯一読めそうな字列が目に入った。

画像2

Москва

モ、ク、バ…
これ、なんかモスクワっぽいぞ、モスクワ行きの列車なんてあるのか、それは見るしかないなんて思っていると確かに周りには大きなスーツケースをひいた人たちが多くいた。さすがにモスクワまで行くわけじゃないだろうが、(後で調べたら列車でウラジオストクからモスクワまでは7日かかるらしい)夜行列車に乗るわけだからそれなりに遠方へ赴くのだろう。
ふと横を見ると大きなスーツケースをもった男と涙を拭う女が抱擁ののち、熱いキスを交わしていた。列車であっても国内であればその日のうちに目的地にたどり着ける日本では見られない光景だろうか。そういうのは駅前じゃなくてホームでやれよ、という野暮なツッコミはとりあえずやめておいてあげた。

ウラジオストク駅では日本の駅のような入場券みたいなのはなく、列車に乗らない人でも自由にホームに降りることができた。(駅に入るときに荷物検査はあるが)
せっかくなのでモスクワ行きの夜行列車をホームに降りて見ることにした。ソ連の時代を生きたであろう貫禄ある警備員のおじさんに荷物検査とボディチェックを受けてホームに出ると既にモスクワ行きの夜行列車は到着していた。跨線橋に上って見ても見渡せないほど長い列車でざっと20両はあったと思う。

画像3


一人、また一人と車両の中に吸い込まれていって、段々と発車時刻が迫る。さっき見た男も車両に乗り込んだ。が、女の方はホームに見送りには来てなかった。
離れてもどっちも浮気すんなよ。
ヨボヨボのおじいちゃんがバリアフリーのかけらもない大きなホームと車両の段差を越えて車両へ乗り込んだ。奥さんのお見舞いかな。元気に帰って来いよ。
小さい子を連れた母親は、子供の手を取って列車に乗り込んだ。子供、夜行列車の車内で泣いたらお母さん大変だろうなぁ。
大きなリュックサックを背負って親に見送られた少年は、一度ウラジオストクの港の方を見てから車両に乗り込んだ。大丈夫、お前の居場所はここ以外にもあるよ。

ドアからロシア国鉄のきらびやかな制服を纏った客室乗務員の女性が顔を出してドアを閉めた。列車はとても静かに、ゆっくりと発車した。

列車が去った後のホームはひどく静かで肌寒く感じた。ホームでモスクワから9288kmと書かれた石標と二人きりになった僕は気まずくなってずっと車両の光が消えるまで見ていた。

画像4

本当にこの鉄路はモスクワまで続いているのだろうか?ふとそんな事を思った。

ホーム上にしばらく沈黙が流れたのち、先ほど車両の光が消えた暗闇から今度は明るい光が差し込んだ。

モスクワからやってきたウラジオストク行きの列車だった。この鉄路は、確かにモスクワまで繋がっているんだ。

旅が始まる地は、旅が終わる地でもあるのだ。

もしまたここへ来ることができたなら、今度は自分もシベリア鉄道に乗ってこの目でモスクワまで繋がっているか確かめてやろう、そんなことを思って僕は駅を後にした。

#私たちは旅をやめられない
#TABIPPOコンテスト
#関空




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?