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Vol.13「融通念仏宗と時宗」

浄土教

もともと仏教とは死後のためのものではなく、生きている間の苦しみを取り除くための修業を目的としました。

政治の実権が貴族から武士へと移り、戦乱、天災、飢饉が続き民衆の苦悩は広がります。仏教では末法思想(まっぽうしそう)という世紀末的な考えがはびこります。そこに誕生したのが、阿弥陀仏を信仰する浄土教という教えです。

今回は浄土教の中でも、国産仏教第一の宗派と言われる融通念仏宗と、踊り念仏で全国各地を遊行した時宗についてクローズアップしてみます。

末法思想(まっぽうしそう)

大乗仏教には未来を含めて歴史を三段階に分ける考えがありました。

お釈迦様が亡くなってから500〜1000年の正法は、仏陀の教えが正しく実行されている時代。次の像法(ぞうぼう)1000〜2000年の間は、教えは守られているが、それを実行し、悟りを開くのは困難な時代。

そしてその後、お釈迦様の教えだけが残り、悟りを得る者がいなくなるとされたのが末法。本来は仏の教えが届かなくなることを意味しましたが、日本では「この世の終わり」と同義にとらえられました。
1052年が日本における末法元年と言われています。

栄華を極めた藤原氏の摂関政治が衰退し、天皇と上皇は身内同士で血で血を洗い、平氏と源氏は武士団を二分して戦を繰り広げる。都は戦火で炎上し、人々は飢餓に苦しみ、この世はまさに地獄絵図といえる時代でした。

この「末法の世」の危機意識が、新しい仏教の誕生をうながしました。

往生しまっせ

往生とは、「往」って「生」まれることです。死んで浄土へ往って、生まれることを往生と言います。

浄土で有名なものが、主に2つあります。
弥勒(みろく)菩薩兜率浄土(とそつじょうど)と、阿弥陀仏極楽浄土です。

兜率浄土は兜率天(とそつてん)とも言われ、天上界にあり、弥勒菩薩が住んでいるとされています。菩薩(ぼさつ)とは「悟りの境地を求める者」を意味し、悟りを開く如来(にょらい)まであと一歩の状態です。

弥勒菩薩は56億7000万年後に悟りを開いて如来になれることが約束されています。空海も兜率天にのぼり、弥勒菩薩に付き従って再び人間世界に来生すると遺言したとされています。しかし、兜率天に行くには出家をして戒律を守り、厳しい修行に耐えなければなりません。

対して極楽浄土は、阿弥陀仏を信じ念仏を唱えれば、死後、極楽浄土に往生できると説かれました。庶民にとってはわかりやすい教えが、民衆の間にまたたく間に広がりました。

それが浄土教です。(浄土宗とは異なります)

空也と源信

俗に天台宗空也派と称する一派に開祖と仰がれるのが「阿弥陀聖(あみだひじり)」「市聖(いちひじり」とも呼ばれた空也(くうや)です。

空也は、「末法の世」に相応しい教えは「あの世の教え」である浄土教のみであるとし、市中に立って庶民に念仏と極楽往生をすすめました。「南無阿弥陀仏」と口で唱える称名念仏(しょうみょうねんぶつ)の祖とも言われます。

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もう一人、この時代に影響を与えたのが天台宗の僧・源信(げんしん)です。源信が著した『往生要集(おうじょうようしゅう)』は地獄の凄まさ、極楽浄土の素晴らしさを描写し、極楽浄土へ往くためのガイドブックとなりました。日本人の地獄のイメージはこの本が元になっています。
そしてこの本がテキストとなり、浄土教は民衆へと広がっていきました。

平等院鳳凰堂と鎌倉の大仏

末法思想を代表する建造物が二つあります。

一つめが、京都府宇治市にある世界遺産・平等院鳳凰堂。10円玉のデザインでお馴染みです。時の関白・藤原頼通が極楽浄土の光景を再現し、1053年に建立されました。

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もう一つが神奈川県にある鎌倉の大仏。
奈良の東大寺にある大仏は毘盧舎那如来ですが、1252年頃に造立されたこの大仏は阿弥陀如来です。浄土宗・高徳院(こうとくいん)のご本尊です。

融通念仏宗(ゆうづうねんぶつしゅう)

融通念仏宗は、またの名を大念仏宗とも言います。
開祖は、比叡山で仏教を学んだ良忍(りょうにん)。

これまでの仏教の宗派といえば中国で伝えられていたものを学び、日本に持ち込んでいました。ですが、融通念仏宗は、日本で学び修行した僧が創った
はじめての日本生まれの仏教であると言われています。
その教えは、良忍が学んだ『法華経』や『華厳経』の影響を強く受け、人は来世ではなく現世で浄土へ到達できると説いています。

融通念仏宗は、仏の名号を唱える称名念仏を重視することが最大の特徴です。良忍が阿弥陀如来から授けられた御文に「一人一切人、一切人一人
  一行一切行、一切行一行」とあります。自分(一人)は世の中の人と共に生きている。世の中の人(一切人)も、自分と共に生きている。自分の称える念仏(一行)は世の人の為の念仏でもあり、世の人の念仏(一切行)も自分の為の念仏である。
これを「自他融通の念仏」と言います。

融通念仏とは元来は合唱の念仏であったそうです。
良忍は仏教音楽である声明(しょうみょう)の集大成者としても有名です。

良忍が四天王寺に詣でた際、平野が融通念仏を広めるにふさわしい土地柄であると聖徳太子に夢のお告げをされました。鳥羽上皇に下賜され、念仏勧進の根本道場として建立されたのが、平野区にある大念仏寺です。

融通念仏宗は後継者に恵まれず、大念仏寺も火災にあい、継承者が途絶えてしまいます。鎌倉時代後期に法明(ほうみょう)が法燈を復興して中興の祖となりました。

実は、江戸時代まで融通念仏宗は天台宗の一派でした。
独立して一宗として認められたのは、17世紀後半になってからでした。

時宗(じしゅう)

仏教の僧侶が布教や修行のために諸国を行脚することを遊行(ゆぎょう)と言い、その僧侶を(ひじり)と呼びました。
「市聖」と呼ばれた空也を祖とし、念仏の功徳を説き、浄土信仰を広めていった遊行者を念仏聖(ねんぶつひじり)と呼び、融通念仏をはじめた良忍もその一人でした。

そして、民衆に念仏往生をすすめるため、生涯を遊行に捧げたのが「捨聖」こと一遍でした。

ここでまず、浄土教を時系列順にまとめます。

963年   空也が鴨川の河原で大般若経供養会を開催
985年  源信が『往生要集』を著す
1052年  日本における末法元年「末法の世」のはじまり
1117年  良忍が阿弥陀如来より御文を授かる
1175年  法然が専従念仏を提唱し、浄土宗を立教開宗
1247年  親鸞が『教行信証』を著す
1274年  一遍が遊行をはじめる

年表からわかるように、時宗は浄土宗より約100年後に誕生した宗派です。
一遍は浄土宗の開祖・法然の孫弟子のもとに入門し、そこで浄土教を学びました。1274年、一遍は全ての財産を捨て、一族とも縁を絶ち、遊行の旅に出ます。人々と念仏を結びつけるために「南無阿弥陀仏、決定往生六十万人」と書かれた念仏札を配り歩きます。これを賦算(ふさん)といいます。

時宗では、「南無阿弥陀仏の名号を唱えれば、信仰の有無にかかわらず阿弥陀仏が救ってくれる」、浄土に往生できると説きます。称名念仏を勧めた法然、阿弥陀如来を信じる心を重んじた親鸞と異なり、一遍は名号自体に力が備わっているので、「南無阿弥陀仏」を称えて臨終を迎えた時には往生することは決定しているとしました。

1日6回、決まった時間に念仏を唱える一遍や弟子たちの集団は、「六時念仏衆」や「時衆」と呼ばれ、それがやがて時宗へと変化しました。集まった人々が念仏を称えていたところ、人々が念仏の喜びのあまり踊り出してしまったのが「踊り念仏」の始まりと言われています。

生涯を遊行の旅に捧げた一遍は、1289年、神戸にある真光寺で入寂しました。その後、1325年に遊行四代上人の呑海(どんかい)が神奈川県藤沢市に清浄光寺(しょうじょうこうじ)を建立し、独住して時宗総本山となりました。時宗法主(ほっす)を代々「遊行上人」と呼ぶため、清浄光寺は通称「遊行寺」の名で親しまれています。

融通念仏宗の葬儀

融通念仏宗では念仏をとても大切にしていて、参列者一同で「南無阿弥陀仏」を称える十念(じゅうねん)が行われます。
銅鑼(どら)や太鼓、木魚など鳴り物が多く使われます。

焼香の回数は、3回です。

ご本尊は「南無阿弥陀仏」の名号。あるいは、『十一尊天得(てんえ)如来尊像』中央に阿弥陀如来、その周囲を10尊の菩薩が囲みます。脇侍の右が、開祖・良忍上人。脇侍の左が、中興の祖・法明(ほうみょう)上人です。

時宗の葬儀

浄土宗の流れをくむ時宗は、お葬式の形式も浄土宗に似ています。
松明(たいまつ)で火葬の点火を行うそぶりをし、下炬の偈(あこのげ)を読む下炬引導(あこいんどう)。僧侶と参列者で「南無阿弥陀仏」を繰り返し唱える念仏一会(ねんぶついちえ)。

焼香の回数は1〜3回と、特に決まりはありません。
また、時宗では「数珠」という言葉は使いません。念仏の時に使うので「念珠」と呼ぶのが一般的です。

時宗は合掌の作法にも特徴があります。まずは通常の合掌のように手のひらを合わせます。この時に中央の部分を少し膨らませます。蓮華のつぼみのような形になるので、未敷蓮華合掌(みぶれんげがっしょう)と呼びます。

まとめ

死んで極楽浄土に往生したいと願う「浄土信仰」は、平安貴族の間から流行しました。死んでもなお「いい生活がしたい、いい世界で過ごしたい」という思いが浄土教ブームを巻き起こします。
ただ、浄土教という教えがあるというだけで宗派にまではならず、各宗派に浄土教が盛り込まれました。そのため、浄土教は単なる思想であって、それだけを信仰する人はいなかったのです。
そこに現れたのが、鎌倉時代の僧・法然。「ただひたすらに念仏を唱えれば極楽浄土に往けますよ」と誰にでもわかりやすく教えました。
これが「浄土宗」の教えです。

Vol.14「浄土宗」に続きます。


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