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布団エッグ

帰りが遅い日はスクランブルエッグをよくおかずにする。手軽で美味しい。ホテルの朝食で出るような、ふわふわほろほろとろとろなエッグではなく、箸でつかんだら半分くらい持ち上がるような、寝起きの布団のようなエッグが好きだ。
溶いた卵に火を入れながら、ぼーっとした。すぐに混ぜると布団にならない。すぐどころか、少し忍耐しないと布団にはならない。端の方がかたまり始めるのを眺めながら、そもそもなぜこれが好きなんだろうと考えた。答えはすぐ浮かんだ。この布団のようなスクランブルエッグで育ったからだ。ではなぜ我が母のスクランブルエッグは布団のようにまとまっていたのだろう。
母は働き者で、常に家の中を動き回っていた。食卓に座るのは一番遅く、立つのは一番早かった。ひとりで家族全員分の家事、やらねばならぬことはいくらでもあっただろう。性格的にもじっとしていられないタイプで、映画を一緒に最初から最後まで観れたことは一度もないし、座って読み物をしている姿も見たことがない。
火を入れながら考えをめぐらせていると、台所で忙しなく手を動かす後ろ姿が目に浮かんだ。あの人が、卵がかたまるのをじっと眺めているだろうか。いやありえない。おそらく卵を入れたら、ひとまず別の支度をしていたんだ。そのうちに火は通っていき、軽く混ぜて、また別の支度に戻る。そうして出来上がったのが布団エッグなんだ。
こういう時、いかに周りの人に支えられてきたかを身に沁みて感じる。でもきっと、殆どのことに気づけていない。

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