プロジェクトG~開発者たち~ 「待ちガイルとその攻防戦」

1991年2月、対戦格闘ゲーム『ストリートファイターII』(以下ストII)がゲームセンターで稼働した。このストIIは爆発的なブームを呼び、ゲームセンターに行列ができるまでになり、筐体を背中合わせに設置した対戦台は大いに賑わった。
しかし、対戦格闘ゲームというジャンルを築き上げたこのゲームである戦法が猛威を振るった。それは「待ちガイル」である。

(♪中島みゆき『地上の星』)

やり方は簡単。ガイルを使い、左下(1Pの場合。2Pは逆の右下になる)にレバーを入れて相手の動きをうかがう、それだけである。
左下にレバーを入れることでガードしながらソニックブーム(←タメ→+P)とサマーソルトキック(↓タメ↑+K)の左と下のタメを同時に作ることができる。
そして遠くの相手にはソニックブームやしゃがみ弱パンチで牽制し、相手が歩いて近づいたらしゃがみ中キックで追っ払い、ジャンプで近づいたらサマーソルトキックで撃ち落とすという、ただそれだけの戦法である。

この待ちガイルによってザンギエフのような飛び道具なしのキャラクターはなすすべもなく体力を削られていき、鉄壁の要塞の前に敗れていったのである。
あまりにも手堅い戦法であったため、一部のゲームセンターではトラブル防止として禁止令が出されたほどである。
しかもサマーソルトキックが失敗して暴発するジャンプキックでも抜群の対空性能を誇ると、とにかく隙がない。そのうえ初代ストIIでは特定の操作で相手がジャンプ中でもダウン中でも投げてしまう通称「真空投げ」というバグまであり、凶悪な性能を誇っていた。

このような有様だったため、各メーカーが待ちガイル対策に乗り出したのは言うまでもない。実際、『ストリートファイターII'TURBO』でガイルは四天王(マイク・バイソン、バルログ、サガット、ベガの4人の総称)以外のキャラクターで唯一新技がなかった。

待ちガイル対策の先陣を切ったのは『ワールドヒーローズ2』である。このゲームでは飛び道具がヒットする直前にガードすると相手に跳ね返すことができる飛び道具返しというシステムを導入した。いわば直前ガードと飛び道具の跳ね返し技の先駆けともいうべきシステムである。

待ちガイルによる最大の被害者、ザンギエフもやられっぱなしではなかった。彼は『スーパーストリートファイターIIX』にて、バニシングフラットという新技が追加された。
元々彼にはダブルラリアットという上半身無敵技があったものの、足払いには弱かった。このバニシングフラットは振り返りながら光る手のひらを突き出す技であり、飛び道具を相殺しながら近づくことができる。また、この技で固めながらコマンド投げを狙うことができるためザンギエフ側もチャンスを作ることが簡単になった。
そして、他の格闘ゲームも時代が下るにつれて飛び道具をかき消したり、跳ね返したり、飛び道具に対して無敵の技ができたりと飛び道具対策が充実するようになってきた。

シリーズが進み、『ストリートファイターIII』ではブロッキングと呼ばれる直前ガードのシステムが実装された。これは、攻撃が当たる直前に立ちガード可能の攻撃には→、しゃがみガード可能の攻撃には↓にレバーを入れることで攻撃を無効化することができるシステムだ。このブロッキングによって牽制の飛び道具や対空技を防ぎつつ容易に反撃に転じることができるようになった。
その他、『餓狼 MARK OF THE WOLVES』のジャストディフェンスや『アカツキ電光戦記』およびその続編『エヌアイン完全世界』の攻性防禦など、相手の攻撃や飛び道具を直前でガードするシステムが後続の格闘ゲームに多数採用されている。

「牽制の飛び道具や対空技を無効化するのではなく、そもそも画面端でしゃがんで待てないようにすればいいのではないか」と考えたのはアークシステムワークス製の作品である。
同社の作品『ギルティギアゼクス』で一定時間相手に攻撃を仕掛けなかったり画面端に留まって動かなかったりした場合に不利となるネガティブペナルティというシステムを採用した。
消極的な行動をとった場合にどのような不利を被るかは作品によって異なるが、攻撃された側にデメリットがある点は同じである。
例えば、『ブレイブルー』シリーズでは警告が表示された後も消極的な行動を取ると被ダメージが200%増加する(『コンティニュアム・シフト』では150%)。
何にせよ、消極的な行動にペナルティを課して抑制することによって積極的な攻撃を促すのがこのシステムの目的である。

待ちガイルは伝統芸能とも称されるほど完成されており、手堅い戦法ではある。とはいえ、この戦法も決して万能ではない。

リュウやサガットなどの波動拳コマンド(↓↘→+P)の飛び道具を持つキャラクターに対してはコマンドの関係上回転率で劣る。
また、ダルシムは通常技のリーチが長く波動拳コマンドの飛び道具を持っているため待ちガイルを攻略するカギである「牽制を飛び越しつつ攻撃する」が同時にできてしまい、飛び道具の回転率もこちらが上手である。そのため初代ストIIでは唯一ガイルに対して有利が付く。
ちなみに、かの『ゲーメスト』で初代ストIIのダイヤグラムはガイル対ザンギエフ(8:2)よりもダルシム対ザンギエフ(9:1)のほうが不利という結果になった。
また、熟練のザンギエフ使いともなれば立ち状態からレバー一回転のコマンドを出すことができる「立ちスクリュー」を体得しているためガイル相手でもそれほど不利ではない。むしろ切り返しに乏しいガイルは絶好のカモですらある。

シリーズが進んで『ストリートファイターIV』では相手の攻撃に一発だけ耐えられるアーマーが付与された攻撃を放つセービングアタックで1ヒットの飛び道具を受け止めてダッシュでキャンセルすることで実質ノーダメージでリベンジゲージ(『ストリートファイターIV』シリーズのゲージの一つ。相手の攻撃を喰らうかセービングアタックで攻撃を受け止めることで増加し、50%以上溜まることでウルトラコンボ(同作における超必殺技の一つ)を使用することができる)を溜めることができるため、ガイルがやや不利になっている。
しかもこのゲームのザンギエフは出かかりに長い無敵+途中から飛び道具無敵のEXバニシングフラットがあるため、ザンギエフが有利となっている。

そんなガイルも『ストリートファイターV』では「待つのはもうやめた」と言わんばかりにしゃがみながら歩く特殊技、フォートレスムーヴが追加された。サマーソルトキックのタメを維持したまま移動できるため相手にとっては脅威でありまた、主力のソニックブームは隙が少なくタメ時間も短いほか設置型飛び道具のソニックレイドやそこにソニックブームを撃つことで変化する多段ヒットの飛び道具であるソニッククロスなど要のソニックブームも強化されている。

(♪中島みゆき『ヘッドライト・テールライト』)

かつてほど凶悪な戦法ではないものの、上級者が使うとまだまだ戦える。そんな30年以上の長きにわたっても変わらないほど完成された技術である待ちガイル。開発者とプレイヤーは今日もどこかで待ちガイルとその対策でせめぎ合っている。

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