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午前1時

「うっかり終電を逃してしまったから」といつもうっかりもののあなたからLINEが入ったのは深夜1時近く。私がいつも海外ドラマを見たりネットの中をうろうろしてなんだかんだで丑三つ時までは起きているのを知っていて、真夜中にもかかわらずためらいなく連絡を寄越したのだろう。
一報から少しためらうように「泊めてくれないかな?」とあなたから。
「まだホテルとかとれるとおもいますし。カプセルもあいてるとおもいますよ。あと漫喫とかでも。少し移動して駅前まで行けばいっぱいあるじゃないですか」
あてつけのようにトラベルサイトのリンクを貼りつける。
「今お金持ってない」
「知りません。コンビニに銀行あるじゃないですか。もしくはいつもの得意技のクレジットでも」
「クレジットは取り上げられちゃったんだ…」誰にとは言わなかったし、それを聞く気にもなれない。
「御愁傷様」と打ち込んだあとスマホをベッドに放り出してバスルームに向かった。立て続けに通知が入っているのは聞こえたけれど、何も聞かなかった振りをしてシャワーを浴びて眠ってしまおう。
あなたの顔を見てしまったら。声を聞いてしまったら。振り払ったはずの気持ちを思い出してしまうから。
お気に入りの香りのシャンプーとボディーソープできっちり洗って、その香りに包まれて眠るのが一番のやすらぎ。
ピンポンピンポンピンポンピンポンと耳障りなチャイムの連打に気付いて、体を洗っている最中だと言うのにシャワーを止めた。適当に泡を洗い流してとりあえずバスタオルだけ巻いて玄関に向かう。早いところピンポン連打を止めなければ、明日ご近所からクレームが来てしまう。どうせ犯人はわかってる。奴だ。奴に違いない。先程まで泊めてくれとLINEで懇願してきてた奴以外に、こんな時間にチャイムの襲撃をしてくる奴がいたら教えてくれ。
「こんな時間に何考えているんですか」
できるだけ声を押し殺して。怒りが滲み出ているのは止められなかったけれど、大声を出すことだけは止めることができた。
「入れてくれないかな」
「嫌です」
「…即答だねぇ」
久しぶりに聞く柔らかく甘い声。相変わらず私の声より男性のあなたの方がトーンが高いのはなぜなんですか。
「顔も見たくないんです。帰ってください」
自分でも嫌になるほどの冷たい声。会いたくないのは本当。
「あ、あ、…こんな空気の時にごめん。めっちゃトイレ行きたいからトイレだけ貸して?」
へらっとした声。そしてへらっと笑いながら言ってるんだろうなというのが簡単に想像できてしまう。
「…すぐそこにコンビニあるからそこまで行きなさいよ」
「そこまで人間の尊厳保てる自信ない」
お子さまかよ…と苛立ちながらチェーンを外して鍵を開ける。乱暴にドアを開けると驚いて目を丸くしたあなたがそこにいた。
「バスタオル巻いただけで玄関開けるとかどれだけ無防備…」
それはお前がシャワーの最中にピンポン連打をお見舞いしてくれたからなんだが。その言葉をぐっとのみ込んで手のしぐさで入るように促す。何か話したら毒づいてしまいそうで。今さら遠慮する仲でもないが。
そいつがトイレに入っている間に…口実だと思っていたが実際かなり切羽詰まっていたようで、取り急ぎルームウェアに着替える。色気のないTシャツとスエット。色気を感じてもらいたくないのでそれでいい。
助かった助かった、と呟きながらトイレから出てきたあなたに向かって「じゃあ後はもう帰ってくださいね」と笑顔で釘をさす。これ以上長居をさせるつもりはない。
「なんなら3000円くらいは差し上げますし、今からでも予約のとれるホテルの代金くらいは全然持ちますから帰ってください」
「相変わらずかたくなだねぇ…」
「あなたがふわふわすぎるんです!」
つい声が大きくなってしまった。時間を思い出して自分で口をおさえる。
「…そういうところが好きだったよ」
過去形で少し寂しそうに笑いながら言う。あなたにとって私はもう過去形になってしまっている。
「私はあなたのそういうところが嫌いでした」
「…過去形ということはさ、今は好きなの?」
いたずらっ子のように楽しげに笑うあなた。そうやって人の言葉の揚げ足ばかりとって。私の言葉をつまらせる。
あなたはいつもずるい。
「…嫌いに、決まってるじゃないですか」
「嘘つき」
あなたはそう言ってまた楽しそうに笑った。