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Travelers①

あなたがここにいてくれたことを。
あなたと共に歩いた日々を。
忘れないために日々のことを日記に記していくことにしましょう。

そもそもの日記を記すことにしたきっかけからまず書いていくことにします。大事なこともそうでないことも関係なく、ぼろぼろとこぼして落としてしまうようだから。
何を忘れてしまったのか。何を覚えているのか。その区別がつかないことも怖いのですけれど、あなたの名前が咄嗟に出てこなかった怖さは忘れたくないの。あなたがとても大事な人でそのことははっきりとわかるのに。目の前にいるあなたに声をかけようとして名前が出てこなかった。あなたはなんでもないことのように笑ってすぐに名前を教えてくれた。
あなたがあまりにも何も聞かないので、私が何かを忘れてしまうのが日常茶飯事のことなのかとも気付いたのです。
それから走り書きのメモで日常を少し記してみました。
昨日の夕飯のメニューを忘れて翌日にも同じメニュー出してた。2日続けて買ってきた雑誌。ポストに投函するよう頼まれたにも関わらず出されないままの封筒が鞄の底に眠ってた。
他にももっといろいろなものを忘れてしまうのかもしれない。気付かない間に大切なものを取り落としてしまっているのかもしれない。
一番に忘れてはならないもの。それはあなたの名前。声。姿形。あなたというものがここにあったこと。そしてここにいてくれること。それ以上に大事なものが私にあるでしょうか。
でもどうやってあなたと出会えたのか私は思い出せないのです。気付いたら私はあなたにお仕えしていた。海の見えるお屋敷にあなたは暮らしていて、私はメイドとしてお仕えしている。そのことに疑いをもったことはないのですが、なぜここに来たのか思い出せないのです。それも忘れてしまったことの中にきっと含まれているのでしょう。いつか思い出せればよいのですが、私はあなたのメイドであることが幸せですし、どうしてこうなったかということはあまり重要には感じないのです。
今ここにあることを大事にしなさいとあなたは言います。だから私もその言葉に従うのみなのです。
さぁこの日記を忘れないように「毎日日記を書く」と貼り紙をしておきましょう。日記帳の存在を忘れないように置く場所は机に決めました。置場所も忘れないように貼り紙をしておきましょうね。
そう、明日同じメニューを作らないように今日お出しした食事の内容も書いておくべきですね。今日はリネン類も全部洗いましたから明日は洗わなくて大丈夫。そろそろ苺の収穫もしてあなたが大好きな苺のジャムも作りましょう。