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Travelers③

あなたは必ず二週間に一度決まった曜日に外出をする。金曜日の午前中に出て、私が午睡から覚める頃に帰ってくる。手には必ず何かしらの甘いものを携えて帰ってくる。それは時にはバターの香りが溢れんばかりのマドレーヌだったり。ざらめがびっしりとついた噛みつくときに躊躇してしまうようなお煎餅だったり。クリームがいっぱいつまったシュークリームだったり。
あなたはいつも今回もちゃんと帰れるといいなとわらいながら出かけて。帰宅の際にはいつも、甘いものと一緒に今日も帰って来ちゃったとすごく安心したようにおどけた表情を見せる。何のための外出なのかあなたは言わない。だから私も聞かない。ただ、決して楽しくないことなのだろうなということだけはわかっていました。帰っていらしたときにいつも、どことなく緊張感をわずかに残したままでいらしたので。
その日はお昼寝から目覚めたらまずお湯を沸かす。あなたが買ってきてくださった甘味にあわせたお茶を入れる。時には珈琲だったり紅茶だったり、はたまた中国茶だったりいろいろ。
あなたがかわいい動物の形のミニドーナツを買ってくださったとき、私はあまりのかわいさに見とれてしまって。食べることもできずにじーっと見ていることしかできなくて。ちっちゃいドーナツという時点でもうかなりかわいいのに、それが猫や熊や犬になっているのです。それは反則と言わざるをえないのです。そんなに見つめたら穴が空いてしまうじゃないかとあなたは笑ったけれど、ドーナツだから最初から穴は空いているのですよ。と反論したらあなたはますます笑いが止まらなくなってしまったみたいで…私は隠れる穴があるならば入りたい気持ちでいっぱいになりましたわ…。
あなたが美味しいから食べて、食べるために作られたのに食べてもらえないのはかわいそうじゃないかと言うので、おそるおそる目をつむって口に入れましたら、本当に本当にとても美味しくて。チョコレートのパリッとしたコーティング。その下にほろほろと口のなかでほどけていくドーナツ生地があって…チョコの色によって味も違うんですよ。こんなに美味しくてかわいいものがあるのかと感動してしまいました。
またいつか買ってきてくださいね、とリクエストしたのはそのドーナツだけでした。メイドが主人におねだりをするなんてあってはならないこと、そう思いながらもお願いせずにはいられないほどあまりに美味しくて。
いつかまたきっと。
そう約束したのはいつの日だったのか。