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恋とか愛とか好きとか④

明里が飲み物をジンジャーエールに切り替えて真剣に考え込んでいるのを見ていた。眉間に皺寄せて真面目に考えているのが伝わってくる。時々唐揚げとか刺身とかつまみながら。百面相しているのはそれはそれで面白くもあったんだけど、基本的にはつまらなかったのでそれが思わず口に出てしまっていた。
「あぁ…ごめん。なんか本気で考えてた」
明里が弾かれたように顔をあげて苦笑いを浮かべながら私を見た。
「そもそも私、まともにちゃんと付き合えてないから感情優先になってるのかなとふと思って、ね。その人との関係性がどうのこうのよりも自分の感情が大事なの」
言ってることわかるかなぁ…と不安げにため息をもらす。
自分の感情が大事、ということは自分の感情がどういうものかわかっているということだ。その点について私は少しだけ羨ましいと思ってしまった。好きだと言われればうれしいし、嫌いだと言われたら悲しい。それぐらいの感情は私にもある。でも、その人について私はどう思うのかと聞かれたら私は答えに迷う。どこまでもひたすらに迷うだろう。
幼稚園の頃からずっとそばにいる旦那のことでさえ「多分好き」と答えるのだ。そしていつも何とも言えない表情にさせてしまうのはわかってる。それでも胸を張って好きだと言うことができない。
「一度でいいから自分のことなんてどうでもよくなるような情熱的な恋でもしたら、そんな気持ちがわかるのかしらねー」
好きという気持ちが本当にわからなくなってしまったので、天井を仰ぎながらやけくそのように言ってみた。多分そんな恋に落ちることなんてなさそうだけれど。
美貴の旦那が悲しむでしょ、と明里が言う。それはそうね。確かにそうね。悲しんでくれなかったとしたら私が悲しいことになるわ。
「それに恋は意識して落ちるものでもないし…ね」
明里が消え入るような声で呟いた。ジンジャーエールと一緒にほとんどのみこまれてしまったけれど、その言葉は少しだけ胸に痛く噛みついてきた言葉だった。