学校健診について

※今回の記事はいつもと関係ありません

たまたまX(Twitter)を見ていたところ、女の子が学校健診で上着を脱がされて嫌な思いをした、というような投稿を見かけました。
リプライも賛否かなり多く、非常に盛り上がって(燃えて)おりました。

初めに書いておきますが、私は昔学校健診を受けたことはありますがやった経験はありません。
ただ企業の健診に参加した経験もあり、多少の知識はあると思いますので、この件について自分なりに整理してみました。
なお、地域や学校によりかなり差が大きいと思いますし、なるべく確認していますが、健診のすべてを知っているわけではありませんので一医療者の視点としてお読みください。

現状
公立の学校については地域の教育委員会などから地域医師会へ依頼があり、学校医の先生が健診をされていると思います。
医師会を経由することもあり、学校医は開業医の先生がほとんどです。
報酬は年間数万円~高くても数十万円程度。仕事量や拘束時間を考えるとかなり安いと思います。
開業医は自分のクリニックを持っているので、昼休みの時間や休診日、クリニックを休みにしたりして健診に来ることになります。
学校の規模にもよりますが、全校生徒と考えると数百人でしょうか。
仮に3時間で200人として1人に1分もかけられない計算ですので、すべての異常を拾うというよりは、重大な疾患を見逃さずにやるというのが大事になってきます。


診察のポイント
健診の項目は多岐にわたりますが、特に今回問題になったように胸部の聴診視診と側弯症検査がネックでしょう。
理想を言えば、素肌に聴診器を当てて心音や呼吸音を聞き、上半身裸で視診して前屈してもらう方がいいです。
全てというわけではないですが、診察する側はこうしたところをみているというところを挙げてみます。

 心音:心臓の脈打つ音に雑音が混ざっていないかチェックします。心臓と言っても1か所ではなくいくつか聞くべきポイントがあります。胸の真ん中の上の方と、患者さんから見て左下の方です(心臓が少し左に寄っているため)
 服の上からでも聞こえなくはないのですが、衣擦れの音が入ったり、音が弱まったりして雑音を聞き逃してしまう可能性があります。
 また、女性の場合は乳房のあたりに聴診のポイントが来るため、ブラジャーが邪魔になったり、胸の大きい方だと聞きにくいことがあります。服の下から手を入れて聞く方法もありますが、服のサイズにゆとりがないと結構大変で、聴診する場所も見つけにくいことがあります。かといってあまりもぞもぞ手を動かしたり、長く聴診器を当てるとセクハラを疑われかねないため、非常に気を使います。

 呼吸音:これは胸からも聞きますが背中から聞くことが多いです。心音同様にいくつかのポイントから聞きます。「深呼吸して~」と言われるのはこの時ですね。こちらは下着が邪魔になることがあっても、肺は大きいので少し場所をずらしてもあまり問題なく聴診できるため、それほど問題になることはないと思います。

 視診:手足や全身を見ることで皮膚疾患をチェックしたり、遺伝的なものを含めて体内の問題が表面に症状として出てくることがあります。またこれは学校ならではの視点だと思いますが、虐待の傷跡がないか確認する目的もあるようです。

 側弯:背骨が自然に曲がってしまう病気で、女性に圧倒的に多く、原因はまだよくわかっていません。現状有効な治療はコルセットしかなく、ある程度進んでしまうと手術でしか治せないため早期に発見するのが重要と言われています。成長が終わるとあまり進行しないので、大人の健診ではやりません。
 診察では背中を見て肩や肩甲骨の高さの左右差を確認したり、前屈してもらって左右の高さの差を見ることになります。
 これもできれば上半身裸の方が分かりやすいです。服の上からだと肩甲骨の位置は分からないですし、前屈の時もふわっとした服だとわかりにくいときがあります。下着はつけていてもいいと思います。

課題
 時間の限られた健診の中で、すべてをやろうとするとかなり大変だということは想像できるかと思います。きっちりやるのであれば上半身裸になってもらうというのがベストというのは正直思います。
 ただ、やはりプライバシーやセクシャルな問題がありますので、結局はそことの落としどころを探すことになります。
 また側弯の診察ではブラジャーをつけていてもいいが胸の聴診では外した方がいい、といった相反するところもあり、時間やスペース、人手が豊富にあれば一度着替えてから次の診察を…とできますが、短い時間の中では難しいです。あとは年齢によっては言うことを聞いてくれない子がいたりで担任や養護の先生方もかなり苦労されると思います。

 見落としのリスクもあります。内科小児科は整形外科の専門ではないですし、逆も然りです。
 経験や知識があるといってもやはり自分の専門外や普段触れない分野のことについては限界があるため、例えば整形外科の先生なら服の上からでも微妙な側弯症を見つけられても、内科の先生だと見落とす可能性もあります。逆に内科の先生が気づく微妙な雑音を整形の先生が聞き逃すかもしれません。そういうことを防ぐのであればやはりなるべく診察環境を整えるのが一番というのは理解できます。特に、健診は見逃さないことが目的なので、少しでも変と思ったら拾い上げて治療につなげることが大事です。もし詳しく調べて異常がなかったとしてもそれはそれでいいことですし、実際問題として側弯の見落としで訴訟が起きていますので。
 あと、数は少ないと信じたいですが、一部に盗撮やセクハラをする医療者は残念ながらいるのでしょう。ただ、それで診察に制限がかかって見落としが増えるというのも問題かなと思います。

諸々の意見について
私なりに思うことを。
・女医がやればよい
 セクシャルマイノリティの問題や、女医であっても見せるのは嫌という人を除けば一理あると思いますが、最近は男児の親から女医に苦情が入るケースもあるようです。また、開業している内科や小児科、整形外科の女医さんは少ないので現実的には難しいと思います。
 企業のように外注すれば、いわゆるバイトで女医さんが参加できるかもしれませんがそうすると手数料や医師の給料で1回で何万円もかかりコストが増大します。また、全員がそうではないですが、バイトは一期一会のため中には適当な診察の医師がいるのも事実で、そうすると健診自体の意味がなくなってきてしまいます。勤務医に依頼するというのも一つだと思いますが、どうしても時間の自由度が低いのと勤務医の場合は異動が多いので、学校や保護者としてもいつもいる先生の方が良いというのもあると思います。開業医は学校医は正直あまり利益にはならないけども地域の要請でやっているという人も多いと思います。今後学校にどんどん予算がつくということでもない限り、厳しいでしょう。

・服の上から診察
 上に書いたように、服の上からの聴診では聞きにくく、側弯も見つけにくいです。また、皮膚が見えません。少しでも異常があれば引っ掛けるという健診の目的からするとあまりよくないと思いますが、現実としてそうしている先生もいるかもしれません。また、聴診の時に服の下から手を入れるという方法は服にゆとりがないと非常にやりにくく、かえって誤解を招くこともあると思います。

・職場の健診は脱がなくてよかった
 大人と子供の健診の目的は少し違います。子供は劇的に成長しますし、その過程での異常は早期に発見することでメリットが大きいです。大人は既にそうした学校健診のチェックを通り抜けているということもありますし、それ以上成長しないので老化や病気による変化も比較的緩やかです。ですから健診の項目にも違いがあるわけです。あとは実際問題としてかけられるコストが企業の方が高く、時間当たりに診察する人数も少なくて良いというのがあると思います。

・時間をもっと取る
 1日の健診の人数を絞って日数を増やすとか、医師を何人も呼んで診察ブースを増やすとかです。時間にゆとりがあれば各診察ごとに着替えるとかそういうこともできるかもしれませんし、ゆっくり診察できるのはよいのですがコスパが悪いため残念ながら実現は難しいと思います。
 ただ、診察室をたくさん用意するとか動線を工夫するとかでなるべく脱いでいる時間を短くするなどはやってもいいのかなと思います。学校側との連携協力が不可欠ですが。

・各自で(or希望者のみ)病院に行って健診を受ける
 虐待児童や経済的に厳しい家庭が健診を受けない可能性があります。もし病院に行くとして、その分を自費にしたら反対されるでしょうし、かといって学校予算からの負担も厳しいでしょう。病院にボランティアでやってくれというのもまあ無理ですよね。
 結局最後はお金の問題になってしまいます。

・健診自体をやめる
 外国では健診をやっていないところもあるようです。大人のがん検診含めて、これらの有用性は実は議論が続いており、やめるというのも一つの選択肢だと思います。日本人は自主的に何かをするのが苦手な民族だと感じているので、個人的には学校が強制的に健康をチェックしてくれる健診のシステムはいいと思っていますが。
正式にやめると決まるまでは続くわけなので、今回は現状でどう対処するかを考えてみました。


終わりに
個人的な考えとしては、今のまま健診を続けるなら仕切りを作って前室を用意しておき、そこで大きめサイズのタンクトップのような肌着だけになってもらい、呼んだらすぐ診察室に入れるようにしておく。前室で先生から、服の上げ具合や捲り方を説明しておいてもらうか、養護の先生とかに診察室で捲ってもらうようにお願いしておく。診察室では胸のすぐ下までまくってもらって胸の聴診と腹部の皮膚をチェック。背中を向けてもらい、背中側だけ上までまくってもらって側弯をチェック、というのが現実的なところなのかなとぼんやり思っていますが、正直正解はわかりません。

あとは健診の意義や見ているポイントを学校や家庭でしっかり周知するというのも少しは役に立つかなと思います。

長々書いてきて自分でもよくわからなくなってきましたが、へーそうだったんだと思ってもらえたらありがたいです。
何かご意見ご感想があればコメントください。

次からまたアメリカのことに戻る予定です。

もしサポートしてもいいよ、という方がいましたらよろしくお願いします。