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『イワノキツネ』第2部 №8

猫さんはさしあたって、持って行ける分だけパントリーから食料を調達する。小さなリュックは食料を詰めるとすぐにパンパンになった。

チョビヒゲ猫は本当に行きたくないのか、縁側に近い涼しい畳の上で手を伸ばして、右に左と、しきりに寝返りをうっている。猫さんは、自分が夢で見た風景が現実にあったらどんなに不思議だろうと、どうにもワクワクする。

猫さんは、一足先に小野さんと合流して段取りをまとめる手筈になっている。夕方になると、自治会館の玄関先から何度もしつこく待ち合わせ場所を繰り返す猫さんに、チョビヒゲ猫は背中を向けて丸まっている。しびれを切らした猫さんは、小さなリュックを背負って、さっさと小野さんのもとへ向かった。

チョビヒゲ猫は暑さのせいなのか、本当に行きたくなかった。なんだか億劫で面倒くさい。ゴロゴロと寝転がり、畳の縁を軽く引っ掻いてみたり、床の間のヒンヤリした木目で横になったりする。

誰もいない自治会館で、静かに至福の時を過ごしていると、今回は猫さんの長旅について行けそうもないなぁ…と思う。弱気なわけでも、臆病なのでもなく、チョビヒゲ猫は単純に、今の現状に満足していた。そしてまたウトウトと眠くなる…

ドンドン!

突然、自治会館の玄関扉を叩く音がする。すっかり寝てしまっていたチョビヒゲ猫はびっくりして飛び起きる。自治会館の時計は、猫さん達との待ち合わせ時間をとっくに過ぎている。裏の井戸に冥界ドローンも戻っておらず、回収すら出来ていなかった。

チョビヒゲ猫が慌てて扉を開けると、そこにいたのは大狐だった。大狐は無言でくるりと反転すると、沢山の尻尾を順に自治会館の中に入れ、自分で扉を閉めて、内側からしっかりと施錠した。チョビヒゲ猫はなにがなんだかわからない。今この状況で、大狐の帰還は許容範囲を越えている。

聞くと、商店街のお祭りでキツネが気に入っている老舗のオハギがお供えにあがったので、自分の祠もあることだし、故郷の栃木に帰る途中、休憩するつもりで商店街に立ち寄ったようだ。ところが、主催者である商店街のおやっさんが、大狐を見るなりトラロープで捕獲しようとしたので、自治会館に逃げてきたそうだ。

チョビヒゲ猫はとりあえず、猫さん達との約束を何も果たしていないまま、パントリーの食料で大狐の胃袋を満たした後、待ち合わせ場所に大狐も連れて行くことにした。さぞ2人は怒るだろうと、内心ビクビクして待ち合わせ場所に到着すると、大狐を連れたチョビヒゲ猫を見るなり、猫さんも小野さんも、思わず歓喜の声をあげた。

深夜に待ち合わせはしたものの、実は候補にあげている場所までの交通手段が、何も決まっていなかったのだった。






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