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『あらわれない世界』№11

トンボのおやじが、掘っ立て小屋に保存してある古墳を覗いたり、古い立看板を眺めたりしている横で、小野さんはスマホでどこかに電話をしている。話が済んだのか、せっかくだから宿でも取ってのんびり観光しようと、小野さんは胸ポケットに潜ませているライフワークメモを取り出して、おもむろに古墳のスケッチを始めた。ガラスが反射して細部は見えないものの、ざっくりとした雰囲気を短い時間で軽やかに描き留めた。 

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自治会館の猫さん達は、先日降った大雪の影響で、会館を訪れる野良猫さん達の対応に追われていた。ホッカイロやカリカリを渡しても到底足りず、暖かい会館で休ませてほしいと切実な声があがり、お偉いさんの許可を得て、猫さん達がもともと暮らしていた防災倉庫を冬場の避難場所として解放することにした。野良猫さん達は警戒しながらも防災倉庫に入ると、寄り添ってフワフワの猫団子を作り、降りしきる雪と風をしのいだ。

猫さんは、小野さん達はどうしただろうと空を仰いだり雪の積もった庭を覗いたりしたが、猫の記憶とは恐ろしいもので、どうしようもないスピードで小野さんを忘れてゆく。薄れゆく記憶に切なさを覚える猫さんの身に、ある時異変が起きた。

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