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『悩ましい世』No.3

猫さんは聖なる木をくれた防災倉庫に行ってみると、冬季閉鎖で閉まっていた。鍵が掛かっていて外から見ても誰もいない。手がかりがつかめないまま会館にもどり、小野さんに、もらった木をうかつに冥界へ持ち込んだことを謝った。小野さんは笑いながら気にすることはないと言ってくれたが、猫さんは悲しくなった。

「それは素晴らしい木なんだよ」

猫さんは悪いとは思ったが、とても気に入った木を捨てたくない。

「七枝刀なのか…」

小野さんは独特な形をした木をよくよく眺めた。七枝刀に形は似ていたが、見るからに手作りで、冥界への道を閉じてしまうほど威力のある木だとは思わなかった。小野さんは自分のライフワークメモに不思議な木を丁寧に模写した。

チョビヒゲ猫は久しぶりに訪れた安らぎに喜び、暖かい会館で好きなだけゴロゴロした。猫さんは小野さんから不思議な木を返してもらうと、つまらなさそうにパントリーの棚に立て掛けておいた。

最近、お偉いさんは本業が忙しく、ちょうど暇になった小野さんに会館の管理を任せると、ほとんど会館に来なくなった。時折、融雪の準備で商店街のオヤジと小野さんが会館と物置を行ったり来たりした。猫さんはその姿を見て、なんだかさみしくなった。これまで小野さんは、冥界とこの世を自由に移動して、異界の世界を満喫していた。今は会館と物置を行ったり来たりするだけで、全く楽しそうに見えない。

猫さんは自責の念にかられ、久しぶりにせっかく気に入った品だったが、不思議な木を捨ててしまおうと決めた。パントリーに向かうと、不思議な木はガタガタと震えていた。猫さんはその様子を見て、やっぱりどうしてもこの木を手放したくない。

猫さんは、不思議な木をそそくさとパントリーにあった適当な布で包むと、永遠の叡智のもとに持ち込んでみることにした。外は小雨が降り出していたが、水玉の撥水ポンチョを被り、そっと会館を後にする。20分ほど歩くと雨も上がり、永遠の叡智はいつものようにそこにあり、耳を近づけると、いつものように微かな鼓動が聞こえた。

猫さんは不思議な木で叡智にコンコンとノックしてみると、叡智はゆっくりと目を覚まし、猫さんに振動で挨拶した。




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