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『あらわれた世界』№6

チョビヒゲ猫は納得いかない。そして改めて、ゆっくりと静かに小野さんの手をガブリと噛む。

「噛まれれば痛いよ。だからといって、それが存在の証明にはならないんだ。」

チョビヒゲ猫は噛むのをやめる。

「猫さんの尻尾は確かに2本あった。今は1本しかない。でもそれは、大した問題じゃない。」

チョビヒゲ猫は、小野さんは自分が好きなように生きたいから、家族を連れ戻すための冒険を拒むのだと、うつろ舟を壊したことを責めた。小野さんは悲しそうな表情を浮かべ、チョビヒゲ猫を抱き上げると、黙って鼻チョンする。

すると、パントリーから白いシーツを被った足のある物体が現れて、居間で話し込む2匹と小野さんの間を通り抜けた。猫さんは突然強烈な既視感に襲われ、ニャッ!と声をあげた。

2本あった尻尾が1本になった原因、あの恐ろしい孤島に降り立つ際に、ぬかるんだ地面を踏まないよう必死に掴んだ足は、この足だと思い出した。

「メジェドについていった?」

猫さんはその頃ボンヤリしていて、訳もわからず、流れてきた船に乗り、偶然目の前を通った誰かの足にしがみついて、何とか孤島に上陸せずに船に戻ってこれた。

チョビヒゲ猫は、当時の猫さんと自分には家もなく、会館の存在すら知らなかったので、あの白いシーツはずっと猫さんに着いてきていたのではと推測する。

「とすると…」

2匹と小野さんは、勝手口から空に消えてゆくメジェドを追って、早速裏に止めた原付きに乗り込んだ。







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