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『あらわれた世界』№10

球体は木造船と入れ替わるように島に漂着する。
小野さんは島の様子を見て、すべてを理解した。

「本当にあるなんて」

チョビヒゲ猫が上陸を試みようと腕を伸ばした瞬間、猫さんがチョビヒゲ猫の腕に噛みついた。チョビヒゲ猫が反射的に腕を引っ込めると、その方が良いと、小野さんが静かに2匹をたしなめた。

「この島には上陸しない方が良い」

小野さんの話によると、かつて有名な画家が、この島によく似た場所の絵を描き話題になったそうで、ここは本来、この世にはもういない生き物だけが訪れる、世にも不思議な幻の孤島なのだそうだ。

猫さんは当時、島のぬかるみで足が濡れるのがイヤで、上陸しないよう見知らぬ人の足にしがみついていたのだが、今にして思うと、2本あった尻尾のどちらかが、島の土に触れたのかもしれないと思った。

「そうかもしれないよ」

小野さんは真剣に呟いた。球体が漂着した砂浜の先になにかの足跡があり、薄暗くて判別はできないが、足跡の横にヘビの様な長細い物体が落ちている。

「私の尻尾だと思う」

猫さんは確信する。あの島から船で帰った時、体が軽くなったと話した。

「なぁんだ」

チョビヒゲ猫は、猫さんの尻尾はてっきり体内に埋め込まれたのだと信じていたので、拍子抜けする。理由もわかったことだし、さっさと元の世界に戻ろうと、小野さんが戻りの詩を思い出していると、球体の外で誰かの声がした。

ギョッとして外を見ると、青白い顔をした青年が砂浜から球体の中を覗き込んでいる。小野さんは、期せずして球体の中からその青年と目があった。その瞬間、小野さんは唐突な既視感に襲われ、言いようのないノスタルジックな感覚と、なにか強烈なタブーを感じた。

砂浜にいた青年も同じ感覚だったのか、青年は凄まじい唸り声のような叫び声をあげた。すると、海から一匹の魚が飛び上がり、それはメジェドになった。メジェドは小野さん達が入った球体を青年の敵とみなし、両目から容赦ないビームを放った。

球体はみるみる白い火球と化したが、何とか持ちこたえ、とっさに戻りの詩を思い出した小野さんが、猫さん達を抱えながら大声で唱えると、海の上に元の世界へ戻る空間の裂け目が開いて、もつれながらも白い火球は移動空間へと飲み込まれ、球体を包んでいた白い炎は、脱皮をするように空間の中でペロリと剥がれた。

2匹の猫が、球体の中で何とか無事に元の世界に戻れそうだと安心していると、小野さんはブルブルと震えている。あの強靭な小野さんが震えていることにチョビヒゲ猫が驚くと、小野さんはそれを隠すかのようにチョビヒゲ猫を抱き上げる。

チョビヒゲ猫は、虚ろな目をした小野さんに、さっきの島にいた人間は、小野さん自身に関係している誰かなのではないかと推測する。そして、静かに震えている小野さんの腕をそっと甘噛した。


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