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『あらわれた世界』№11

小野さんは冥廷にいた。

廃墟と化した冥廷に残された資料で調べられる前世の記録は3世が限界だった。

資料が現存せずとも、あれは過去世の自分であると直感した小野さんは、どうにも止まない震えに襲われる。自分は途方もない悠久の時を経ても、この冥廷の生業から逃れられていなかったなんて…

落ち着かず、冥廷をウロウロと歩き回るも、誰もいない静寂が急に怖くなり、思わずワーッと叫んだが、その声すらも虚しく廃墟の空間に響いた。

猫さん達は久しぶりに戻った自治会館の片隅でゴロゴロしていた。もう夏も真っ盛りで、会館は商店街で開催する夏祭りの準備に追われていた。

商店街のオヤジとお偉いさんが、商店街と会館を行ったり来たりすると、時折はっぴ姿の子供たちが訪れたり、煌びやかなお神輿がドヤドヤと運び込まれたりと、あっという間に会館の様子が一変する。

猫さん達には少しストレスだったが、人間達は楽しそうだった。縁側の日陰でゴロゴロしていたチョビヒゲ猫は、子供たちに混じって、はっぴを着た小野さんと、その傍らに奥さん、そして同じくはっぴ姿の5歳位の男の子がいるのを微笑ましく眺めながら、ウトウトとまどろんだ。

猫さんはパントリーにいたが、あまりの人の多さにたまらず、玄関から外に出た。外は凄まじい猛暑で、猫さんはうなだれて、渋々玄関に戻ると、そこには私服の小野さんが立っていた。小野さんは猫さんに気づくと「やぁ」と猫さんを抱き上げて、会館に入り居間に繋がる廊下で、ふとお偉いさんとすれ違った。

「おや?はっぴはどうした?」

小野さんはキョトンとして「はっぴですか?」と答えると、お偉いさんは「さっき渡したじゃないか」と不思議そうに首を傾げる。小野さんはハッとして、自分は廊下に居るので、お偉いさんに居間の様子を見てもらうように頼むと、お偉いさんは居間を覗いて目を疑った。

「…彼ははっぴを着ているねぇ…」

はっぴを着た小野さんは居間で子供たちと楽しそうに笑っている。廊下の小野さんは、猫さんを抱えたまま思わず後ずさる。お偉いさんも、感覚的にその方が良いと判断する。廊下の小野さんは踵を返し、猫さんをパントリーに置くと、静かに玄関から外へ出て、いつもの原付きで会館を後にした。

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