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『あらわれた世界』№12

小野さんは冥廷に戻るしかなかった。既に現在を生きているもう1人の自分がいる限り、この世界に存在することは出来ない。とはいえ、彼が同じ小野さんである限り、彼もそのうち冥廷に来るだろう…

小野さんは、冥廷の先にあるかつての遊び場だった針の山を登ってみると、古びて錆びた針は簡単にポキポキと折れてしまった。昔は大きくて巨大な山だったのに、今は砂山のように脆い。小野さんは針の山で立ちすくむと、ポロポロと涙を流した。

泣きながらトボトボと、すっかり干上がった血の池地獄を巡り、古井戸を曲がり、冥廷に繋がる広い道に戻ると、白狐の停留所に別の世界で壊したはずのうつろ舟が置いてあった。小野さんは、すがるように船に乗り込み、指示版に目的地を書き込んだが、何を書き込んでも船は動かなかった。

がっくりと肩を落として船を出ると、冥廷に入る崩れた門の前に、着物姿で馴染みのある人物が立っていた。

夏祭りは盛況で、子どもたちも商店街のお客さんも大いに盛り上がった。しばらく現実味のない世界を行き来していた猫さん達も、久しぶりに賑わう商店街の様子に、生きているという実感を感じた。生きる世界に存在する小野さん達は、クタクタになるまで祭りに参加して、会館でお偉いさん達と夜まで語り合っていた。

「許してほしい」

着物姿の懐かしい人物は小野さんに謝罪した。

「僕はシャドウなんですね」

懐かしい人物は静かに頷いた。

「誰かはこの冥廷を引き継がなければならない」

小野さんははるか古代から連綿と続くこの呪縛を解き放てないのかと嘆くも、懐かしい人物はうつむき、首を振る。

「君は蘇生したんだ」

小野さんは理解した。自分はやはりあの時うつろ船で亡くなっていたのだが、冥廷の生業が存在するために、懐かしい人物の秘儀により蘇生されていたのだ…

「我々は生き続ける」

たまらず小野さんは叫んだ。

「この廃墟のために?」

小野さんは後ずさりながら走り出し、動かないうつろ船に飛び乗った。震える手を抑えながら不思議な古代の言葉を唱えて、とある目的地を冷静に書き込むと、それまで全く反応しなかったうつろ船は、なぜか否応無しにガタガタと動き始め、錆びた金属片を撒き散らしながらゆっくりと宙に浮き、静かに回転しながら強烈な光を放ち、冥廷から姿を消した。



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