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『あらわれた世界』№14

夏の影は短い。

公園の古井戸の陰に身を潜めていた小野さんは衝撃を受けた。小野さん達一行を乗せた球体は無事に帰還したものの、炎天下のせいなのか、小野さんの影を確認出来なかった。到着した3人は置いてあった原付に乗り込むと、すぐさま走り去った。

小野さんは公園に立ち尽くし、こうなれば、直接理由を説明して自分を認識してもらう以外に方法は無いと考えた。とはいえ、この世界で自分を知る人物に会ってはややこしくなるため、街から少し離れた場所で、しっかりと影が伸びる夕暮れを待つことにした。

街外れの川原の木陰で横になると、けたたましい蝉の声が響いて嫌になったが、目を閉じて、川のせせらぎに耳を澄ませると、たまにはこんな時間も良いかな…と少しだけ思えた。

とはいえ、犬の散歩が多く、やはり人目につくため、川に繋がる林へ入ってみることにする。歩き始めると、すぐに鬱蒼とした木々に覆われて、気温がぐっと低くなり、かなり涼しくなった。スマホも財布も無く、自販機も無い林道では、飲めるかどうかわからないが、見た目はキレイそうな小さな滝の水で喉の乾きを癒した。

ちょうど木陰にあった切株に座り、ここで夕方まで待とうと決めた。林の中ではもうヒグラシが鳴いており、空気もヒンヤリしていた。しばらくぼんやりと涼んでいると、突然「ヤイヤイ」という声が聞こえた。小野さんはギクリとして振り返ろうとするも、首が回らない。小野さんは冷や汗をかき、ここは山だったのかと理解する。

「今日は12日なのか…」

小野さんはぐっと口をつぐみ、じっと黙っていると、バキバキと後ろの木が倒れる音がして、呼びかけてきたなにかは、山の奥へと去って行った。

「まさか山オラビが出るとは」

小野さんは、そのまま後ろを振り返らず、もと来た山道を小走りで戻り、迷うこと無く一目散に、小野さん達がいる自治会館へと向かった。



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