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『あらわれないせかい』№1

猫さんは、いつもと違うお店で食料を調達した帰り、すっかり秋めいて高くなった青空を仰いで、澄みきった秋の空気を感じていた。

少し夕焼けがかった青空に、ふわふわとトンボが飛び交い、ますます秋らしい。猫さんが珍しく風流な気持ちでいたのもつかの間、空を舞うトンボは、1匹、2匹、3匹…と、どんどん増えてゆく。ギョッとした猫さんが視線を戻すと、道の向こうからトンボをまとったおじいさんが歩いてきた。

そのおじいさんは体に無数のトンボをまとい、何も言わず静かに猫さんの横を通り過ぎていった。奇妙に思った猫さんは自治会館に戻り、チョビヒゲ猫にそのことを話すと、それは、まれにこの地域の秋にだけ現れる"夢も希望もないおやじ"だろうと教えてくれた。

はるか昔からいるおやじで、秋になると時折現れては沢山のトンボを引き連れて歩くのだが、行く先も住まいも誰もわからないため、地域ではそう呼ばれているそうだった。猫さんは始めて遭遇したが、その様子は確かに虚ろで、なにか目的や意図があるようには見えなかった。

あくる日、猫さんは外に出て、塀に留まっているトンボに近づいてみるも、トンボは驚いて飛んでいってしまう。猫さんにもこれといった夢も希望もないのに、なぜ自分には集まらないのだろうとチョビヒゲ猫に話すと"虚無感が違う"とむつかしいことを言う。猫さんが理解に苦しんでいると、ふいにお土産を持って自治会館に現れた小野さんが「あれは地縛霊だよ」と教えてくれた。

猫さんは、次の週も同じお店で食べ物を調達するも、飛び交うトンボはまばらで、トンボのおやじはいなかった。代わりに、誰が置いたのか路肩にお花がたむけてあった。急に冷たい風も吹いてきたので、猫さんはなんだか少し怖くなり、急いで自治会館に戻った。

「なにか思い残したことがあるんだろうなぁ」

小野さんが、先日自治会館に持ってきたお土産を自分で食べながら、慌てて帰ってきた猫さんを見てしみじみとつぶやいた。

「あの花は僕が置いたんだよ」

猫さんはどうにも話がわかりにくく、小野さんが道路に花を置くことと、トンボのおやじがいないことが繋がらない。

チョビヒゲ猫は、そんな猫さんの様子を見て、なんだかまた面倒な予感がして、それとなく席を外すと、遠くに置いてある昼間フカフカに干した温かい座布団に、静かにうずくまった。











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