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『イワノキツネ』№8

雨の日が多くなった頃、猫さんは『日本の稲荷100選』を読み終えた。その頃キツネは、棚の2段目までの食料を食べていた。チョビヒゲ猫は相変わらず集会所に通い詰めている。外はあいにくの雨で、小雨がパラパラと降っている。

猫さんが『稲荷信仰の真実』を読んでいる頃、キツネはいよいよ自分で稼いだ棚の食料を全部食べてしまった。読後の猫さんは感慨深い眼差しでキツネを眺めている。

「力がみなぎってきました」

キツネは空になった棚を見ると、なんだか急に体がムズムズするので、今すぐ空いた棚の空間を4枚ずつ、仕切板で縦横を区切ってほしいと言い出した。猫さんはなんのことかわからずポカンとすると、キツネは震えながら血相を変えて「早く!」と叫ぶ。

びっくりした猫さんは、慌ててチョビヒゲ猫がボロボロにしたダンボールの切れ端で、棚に仕切板をこしらえると、キツネはとんでもない金切り声をあげて、猫さんの目の前で突如25体のキツネに分裂した。

分裂した25体の小ギツネ達は、新しく出来た棚の小さな空間にキレイに納まった。あまりの唐突さに猫さんが狼狽すると、すべてのキツネは疲れたのか、一斉にスヤスヤと眠り始めた。

夕になり、集会所から帰ったチョビヒゲ猫は、スヤスヤ眠る小ギツネ達の形態に動揺し、あまりにも気味が悪いので、そろそろ誰かに相談したいと思うようになった。猫さんもチョビヒゲ猫も、身近でキツネに詳しい人間なんて、1人しかいないのはわかっていたが、最近会っていないので、いささか不安だった。

雨も晴れた翌日、2匹は小ギツネ達の眠る倉庫に鍵をかけて、小野さんのいる博物館へと出向いた。博物館はあいにく、最近起きた地震の影響で、臨時休館中だった。巡回していた警備員さんに伺うと、小野さんは臨時休館の影響で、所蔵品を他県に貸し出す業務が多くなり、ここ最近は姿を見かけていないという。「せっかくここまで来たのに…」2匹は顔を見合わせて、ガックリと肩を落とした。

ひどく憔悴している2匹に、警備員さんがなんだか可哀想にと、お昼に飲まなかったパックの牛乳をくれた。2匹はありがたく頂いて、博物館を後にする。

帰りの道すがら、小ギツネ達は今は小さいが、食べる量は変わらず、各々が大きくなり、祠の解体では到底食費を賄えないと猫さんが話した。チョビヒゲ猫は何も答えず、じっと考え込むように、ただ黙っていた。

防災倉庫に戻ると、小ギツネ達はいよいよ備蓄食料に手を出していたが、賞味期限の近い物から手を付けるよう猫さんに言われていたので、大した被害にはならなかった。2匹はホッと胸を撫でおろしたが、明日から食料をどう調達したら良いのか、全くわからなかった。



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