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ROSE GATE1の3 織末彬義【創作BL小説・18禁】

第八章
 
 賀茂川がチケットを二枚持っていた。
 賀茂川にそれを渡され、先に行くように誘導され通された。
 係に、にこやかに挨拶され、蓮華は通過する。
「賀茂川専務、ここで」
 クラスの分かれ道でエコノミー方向に行こうと立ち止まる。
 賀茂川が持ってくれている紙袋に手を伸ばす。
 
 手にあるチケットを見るよう指差された。
 蓮華の名前が明記されている。
「えっ、これ」
 チケットを手に絶句する。
 他にチケットは無い。歩き出す賀茂川の後ろについていく。
 賀茂川専務を担当する秘書は他にいる。
 それも蓮華の上司だ。
 この席が俺で本当に良いのだろうか。
 チケットに刻印された名前は間違いないが。
「‥賀茂川専務」
 蓮華は言い淀む。
 先輩秘書達から聞いた話だと機内は客室乗務員がお世話をするから別行動だと聞いていたのに‥。
 気持ち的に蓮華はファーストだ、やったーすげぇとならない。
 賀茂川は蓮華の戸惑う姿すら、賞玩して黙殺する。
 何をどう説得したって蓮華の恐縮は増すばかりだ。
 見た目も仕草も好みな蓮華を手元に置き、賀茂川の退屈しのぎをさせるのに説明はいらない。
 目を留めて以来、蓮華に飽きることがない。
 なんとも執着は増すばかりだ。
 機内に入ると、蓮華は渡されたチケットを客室乗務員へ見せる。
 そうすると賀茂川の隣席に案内された。
 どの席にしろ、会社命令に従うだけだ。
 それにしても広い席だ。
 賀茂川専務が席の間にペーパーバッグを置いた。
「ぁ ありがとうございます。」
 やっと懸案だったお菓子を手許へ取り戻せる。
 買ったお菓子はいつでも食べられるように手元に持っていたい蓮華は背からバッグを外す。
 座席に座りつつ手を伸ばしながら、瞳を動かして賀茂川専務を見上げる。
 蓮華のしたいことを理解している賀茂川から了承に頷かれ、安心し紙バッグの中に視線を落とす。
 中から自身が買おうとしたガムやキャンディーを取り出していく。
 間の置き場に並べて揃っているのを確認する。
 賀茂川は手提げから、高級ショコラショップ製の缶入りチョコを無造作に幾つも引き出した。
 それがあるのは蓮華も店で見ていた。
 それがここにあるのに瞳を見開く。
 信じられずに瞳を幾度もまばたかせる。
 全種類が蓮華の菓子の横に並べられた。
「うわぁ、凄いコレ ほんと?」
 瞳を輝かせて蓮華は素直に感嘆する。
 
 お中元お歳暮で取引先から届く菓子は宛名にある重役だけで消費し切れるものじゃない。
 かといって公平に社員全体に行き渡る数もない。
 会社宛てであれば、総務課が相応に分配するが、重役宛てに届けられた中元お歳暮のたぐいは秘書課の管理だ。
 重役が自宅に持ち帰らない菓子は、接客だけでは消費しきれず、秘書課のおやつとして出される。
 蓮華が日常、自身で常備しているのはミント系のガムや飴だ。
 身だしなみのひとつとして蓮華は考えていた。
 ティータイムに出されるおやつがクッキーやおかきだと手をつけないこともあるが、ショコラ系があれば、必ず口をつけていた。
すぐ蓮華の好みはショコラだとわかる。
「戴いていいんですか?」
「好きだろう?」
 このメーカーのショコラが出てくると食べるのを止められない。
 今まで蓮華が食べていたチョコレートと一線を画す味に瞠目してから、蓮華はこのショコラに夢中だ。
 あまりの美味しさにネットで探したが、がっかりする。値段が高くて手を出す折り合いがつかない。
 また会社の贈り物で来るだろうと思い、ネットはお気に入りにもいれなかった。
 現実、盆暮れや来客の手土産として届くから、それなりに楽しむことが出来ていた。
「うれしい。ありがとうございます。」
 誰が取る訳もないのに、真っ先に蓮華はパール缶をバッグにしまい始めた。
 その様子を賀茂川は微笑ましく眺めた。
 これなら買って良かった、やはりショコラが好きなのだと思う。
 それから自身が選んだ菓子をしまった。
 膝の上に置いたバッグの中を覗き、蓮華は嬉しそうにしている。
 しばらく眺めていたが、誘惑に勝てない。
 慎重に選びミルクチョコレートの缶を出して来た。
 セロファンを真剣な表情で開封しようとしている。
 その間に賀茂川は客室乗務員の挨拶を受けていた。
 次いで蓮華も客室乗務員から挨拶を受ける。
 連れ感満載な蓮華は賀茂川の後ろに思わず隠れる。
 思い直して顔だけ見せて頭を下げるだけで、声は発さない。
 蓮華はこういう対応が苦手だった。
 いつもは先輩秘書に埋もれて一番後ろにいればいいから気が楽なのだが。
 
 お願いしますくらい言うべきだったかと思うが。
 すっかり間合いを外してしまった。
 にこやかな客室乗務員は、もう去った後だ。
 今更、挨拶もできない。
 蓮華は無意識に自身の下唇を噛む。
 どうも性格的にとろく、こういう気まずさを感じる場面が多く、こだわっていると落ち込むばかりなので間に合わなければ後悔しつつ忘れることにする。
 すぐに缶を開封するのに没頭した。
「開かないか、貸してみろ。」
 試行錯誤し、どうしても開けられずにいた蓮華は思わず素直に渡してしまう。
 賀茂川の手にかかれば秒殺だ。
「あっ開いた。ありがとうございます。」
 賀茂川の手にかかった途端、簡単にセロファンは剥がされた。
 弾む声を発し、手を差し出す。開封された缶を受け取る。
 この缶入りショコラは初めてだが、入社してから知ったお気に入りの高級チョコレートメーカーだ。
 


第九章
 
 ウェルカムドリンクのシャンパンが運ばれてくるが、蓮華はそれよりチョコを食べるのが優先される。
 丸い小さな一粒を手に載せる。
 みっしり詰まった濃厚なショコラ感が口いっぱいに広がる。
 中が空洞じゃないから、溶けるのもゆっくりだ。
 中元お歳暮で戴くのはクッキーに挟まれたチョコレートが多い。
 それでも美味しいが、蓮華が好きなのはチョコの部分だった。
 だからチョコレートだけのこれの方が美味しさの真価が際立つ。
 食べるのに熱中してシャンパンに気付かず、窓の外を見ている蓮華の替わりに客室乗務員を困らせないよう賀茂川は蓮華の分はテーブルに置くよう指示する。
 おまけ認識が強く、自身に提供されると思ってない節さえある。
 やっと一粒が溶けた。
 しばらくチョコレート特有の余韻に浸るが、それも段々薄れてゆき猛烈に後を引く。
 もう一粒食べよう。
 やはり好みの味に始めて充足感に満たされた。
 初めて口にした時のことを思い出す。
 秘書課に配属され、まだ半月もしない頃だ。
 おやつに出されたフランス製のチョコレートを初めて食べた。
 出されるおやつはただ出されるんじゃなく、お菓子の会社名、商品名、それらに類する蘊蓄などが詳しい人から披歴された。
 配属以来ここでなければ食べられない様々なものを口にしたが、蓮華はおやつとして素直に食べていただけであった。
 この日は違った。
 それまで食べた海外製のチョコレートと比べたら日本製のチョコレートが一番だと思っていた。
 チョコレートは好きだが、口の中ですぐに溶けてしまい、つい手にした全部を食べてしまうので勿体ない。
 だから自身ではなるべく買わないようにしていた。
 初めてのメーカーに興味津々で手を出した。
 きちんとカカオが感じられ別格の美味しさに感激した。
 これはそのメーカーの缶入りチョコだ。
 デパートにあるのは知っていたが。
 蓮華はデパートに行ったことがない。
 今回、空港で見つけると興味津々で近づいてみた。
 蓮華がチョコに払える金額を遥かに超過していて驚いた。
 本当は気になるが、観るだけにし、手にもしないでいた。
 それが、今、全種類がバッグの中にある。
 夢にも思わなかった現実が凄く嬉しい。
 手に入ったからには、早く味見したかった。
 小さくまん丸なチョコレートを再び口に入れる。
 濃厚なカカオの香りが鼻に抜けていく。
 舌の上で溶けていくショコラは甘すぎない。
 小粒だが、侮れない。ぎっしりとチョコ感が満喫できた。
「美味~い ‥ぁ美味しいです。」
 肩をすくめ慌てて言い直す。
 賀茂川が正直過ぎる蓮華の態度に吹き笑いする。
 笑われて、口を知らず尖らせる。
 ちょっと怒り目で賀茂川を見上げた。
「俺だけの時なら言葉遣いも気にするな。出張中はプライベートもパブリックもごっちゃになりがちになるからな。俺だけの時なら、俺は気にしない。」
 言われた蓮華は真意を計りかねた。
 そのまま受け取って良いのか、迷う素振りをする。
 課内の上司には叱られてばかりなのに、立場的に賀茂川専務はその上なのだ。
 本当ならもっと敬語で接しなければならない。
 判ってはいるが、あまり素養がなかった。
 
 困惑するが、無理難題を突き付けられるのが秘書の役目の一つだ。
 そのままでいいと言われ、蓮華は心するよう頷く。
 賀茂川は、言われた事に頭をフル回転させているのが如実な蓮華の頭を撫でてやりたい衝動に駆られるが意志の力で抑制した。
 そんなことをしたら警戒されるだけだ。
 充分甘くしているが蓮華が過分だと恐れをなして逃げ出さないよう気を配っていた。
 これだけの容姿をしていて、なぜ図に乗らないのか?
 どうも蓮華は自身の姿に頓着せず過剰に警戒心が強い。
 賀茂川は接するほど蓮華の反応を心地よく感じていた。
 チョコレートを食べ終え、シャンパンのグラスを手にする。
 機内で、ガラス製のシャンパングラスだ。
 ナッツと干し葡萄が小皿に盛られているのも提供されていた。
 それを目にしつつ、手出しせずシャンパンを飲む。
 喉を通り過ぎる泡の爽快感がいい。
 細いグラスは三口ちょっとで飲み終える。
 勤務中のアルコールは背徳感が良い。
 賀茂川が蓮華のグラスにシャンパンを注ぎ足してくれる。
干し葡萄を一粒口にして、チョコレートを同時に口にする。
これはシャンパンに合う。
 


第十章
 
 グラスは片付けられ、シートベルトの指示がでる。
 小さなペットボトルのお茶を賀茂川専務が蓮華へ手配してくれた。
「ありがとう」
 すぐに客室乗務員がペットボトルを持ってきてくれる。
 お礼を言い、受け取る。
 これで安心だ。
 ペットボトルとショコラパール缶を手にして座席に深く座り、落ち着いた。
 客室乗務員もシートベルトを締め座席に着席している。
 飛行機は滑らかに離陸し、順調に水平飛行に入った。
 シートベルトサインの点灯が消えた。
 蓮華は外さずにベルトを緩める。
 リクライニングがどこまで倒れるのか試す。
 思ったより倒れていき、まだ寝る時間じゃないし、と背当てを戻す。
 賀茂川が倒したより一段階立てておこうとすると
「それだと話しにくい」
 同じか、もっと倒すように言われる。
 それならと同じにした。
 
 蓮華は、移動中はどこでも寝る派だった。
 賀茂川に話しかけられ、返答していたが、時間が経つにつれ、意識が途切れる。
 仕事だからと蓮華は必死に起きようとしていた。
 何度か寝入りかけては意志の力で起きていた。
 だが、我慢にも限界がある。
 完全に意識が途切れる。
 賀茂川は蓮華が寝入ると、電動シートをリクライニングさせた。
 羽毛布団をふわりとかけてやる。
 完全に寝落ちしている。
 
 そこにいるだけで賀茂川の視線は自然と蓮華へと走る。
 ハーフよりは和が感じられるクォーターくらいな彫りの深さの目鼻立ちをしている。ラインが優美で造形美が感じられる。
 宝石のように輝く黒い瞳も見事だが、閉じられた瞳のラインとくるりとカールした真っ黒な長い睫毛が頬に翳りを落とす寝顔も見目麗しい。
 遠慮なく寝顔を楽しめるのも海外出張の醍醐味だ。
 賀茂川は報告書を読破しながら、隣に蓮華が居る空間を心から愉しむ。
 
 食事だと蓮華は賀茂川専務に起こされた。
 時間は長くはないが、意識が保てず、深く寝入っていたから目覚めはスキッとしていた。
「申し訳ありません。」
「移動時間は勤務時間に入らない。」
 確かに規定はそうかもしれないが。
 移動中に担当重役と同席している間はお世話して当然であり、すべきなのだ。
 
 カチャカチャと食器の音がしている。
 物珍しく辺りを見回した。
 海外出張と辞令が出た時、エコノミーだと思っていた。
 乗る寸前まで、蓮華にとって疑いようのない事実だった。
 空港に着いて、専務と一緒に朝食になるとは思わなかったし、会社で秘書として働いているより近い感じがする。
 ビジネスクラスより上は陶器で食事が出ると聞き知ってはいたが。
そんなことはビジネスクラスですら蓮華には無縁のことだと思っていた。
 目覚め特有の頭の回りで、蓮華のこの席はお世話をする為だと気づいたものの、初めて尽くしだ。
 不慣れなのは蓮華自身で、緊張していた。
 乗り物に乗ると眠くなる癖があり会話の相手すら出来ていなかった。
気づいて青褪める。
 これではとことん役立たずと思う。
 
「蓮華、メニューだ。」
 寝てしまい、かけられていた布団を畳んで、教えられた棚にしまい、リクライニングを起こして座ったら、静かになってしまった。
 渡されても、文字が目に入らない。
「メインはビーフステーキか平目のムニエルか」
 賀茂川は低い声でメニューを教えながら蓮華を覗き込む。
「専務」
 ハンカチで、そっと目元を拭われた。
「お目付けが隣にいるのは味気ないものだ。」
 苦笑する専務は蓮華の四歳年上。
 専務の秘書長は社長秘書長の甥で、三十代後半。
 ここも同族会社の一翼を担っている。
「今後は、この位置に慣れなさい。」
 何もできず泣きそうになっているのに気づかれた。
 バレて、慰められて、隠す必要が無くなる。
 安堵からか、大粒の涙があふれる。
 蓮華は役に立ってないと自己嫌悪を覚えたが。
 自分以外の秘書達は、賀茂川専務を子供の頃から知っているという布陣だ。
 言われると、なんとなく理解する。
 それなら息抜きに隣にいればいいのだろうか。
 勿論、それに甘えず、蓮華自身はできる限り賀茂川のお世話をするつもりだ。
「平目でお願いします。」
 少し落ち着けてメニューを選ぶ。
 蓮華だって、お目付け兼秘書より、年下の抑止力のない秘書の方が気楽だと思う。
 そうは言っても秘書として少しでもお役に立てるように精進し、心がけなければと思う。
 食事をしながら、賀茂川の話しを聞く。
 聞かれたことに応える。
 どうしてなのか理解して、緊張を解くと賀茂川は話しやすい相手だ。   自然と話しが弾んだ。
 蓮華は楽しくなり笑った。
 幾度も笑い、食事が美味しい。
 食後の珈琲まで素晴らしかった。
 食べ終え、しばらくすると自然と欠伸が出た。
 食べる前も寝ていたのに、もう寝ろと言われたら眠れるくらい眠い。
 だが、そうそう寝てもいられない。

つづく
 
 

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