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ROSE GATE1の4 織末彬義【創作BL小説・18禁】

第十一章
 蓮華は眠気をこらえて会話を続けた。
 蓮華は眠気に負け、どんどん素の自分になっていく。
 それをもっともっと知りたいと賀茂川は蓮華と会話を続けた。
 口に手を当て、欠伸をする様すらも優雅で賀茂川の目に心地良い。
 蓮華の顔立ちの可愛らしさが露見する。
 唐突に返事が聞こえなくなった。
 見下ろすと、蓮華は指を噛み寝入っている。
 それは天使な愛らしさだ。
 窓際の席にしておいて良かった。
 これほどの麗しさを人目に晒すのは余りに罪作りだ。
限界まで引っ張り、眠そうな蓮華をたっぷり賞眼していた。
 賀茂川はつくづくと難がない蓮華の寝顔に見惚れる。
 どうしても飽きなくて目が離せない。
 蓮華の様子を目端に入れながら、寝酒をたしなむ。
 眠気に負けた蓮華の寝つきが深くなり、客室乗務員の協力を得、起こさぬように座席をフラットにしてやる。
 羽毛布団をかけた。
 ファーストクラスはほぼ完全な水平で布団の長さも肩から足元までかけられる。
 すやすや安らかに眠る蓮華を遠慮なく観て楽しむ。
 
 蓮華は賀茂川に呼ばれると最初に視線を合わせるが、ずっと対峙していることができずにいる。
 段階的に目線を下げていき、伏し目になるクセがあった。
 その艶めいた表情をたっぷりと楽しむのが賀茂川の日常の楽しみだ。
 蓮華を狙っているのかと言われたら、狙って無いとは言い難い。
 明確に口説いているのかと問われれば、そうするつもりはない。
 鑑賞しているだけで価値がある稀有(けう)な存在。
 蓮華が女であれば、交際、結婚と先があるが。
 賀茂川は彼を手元に置いておきたいが優先された。
 担当秘書として、毎日、同じ専務室に居て、仕事に張り合いがあり、はかどった。
 強引に口説いて逃げられたら元も子もない。
 それをリスクに感じるほど賀茂川は蓮華を大切にしている。
 
 グラスを客室乗務員に下げて貰い、蓮華を見やる。
 陰影が長く密生した睫毛を強調して、目元に濃い翳りを落とす。
 眉間から筋が通り、先端の鼻梁が細く僅か上向き、ハーフじゃないが   整った柔らかな彫りの深い顔立ちをしている。
 優美な頬のラインは賀茂川のお気に入りだ。
 口に手を当て、愛らしく寝入っている。
 
 起きていても綺麗だが、寝顔の無防備さが好い。
 日中は相当緊張しているのだろう。
 全体のラインがシャープだ。
 こんなにベビーフェイスなのだと知り、魅入った。
 慈愛の瞳で蓮華の寝顔を見続け、感嘆する。
 羽毛布団のよれを直し、自身もフラットにして、横になる。
 
 寝る前に報告書を読むのは得策じゃないが。
 到着前に目を通しておきたい。
 ファーストクラスはパソコン使用可能なのを幸いにメールに目を通していく。
 キリの良いところで切り上げ、眠りに就く。
 
 蓮華は食器の音と騒めきで目覚めた。
 水平に寝ていて、自身がどこにいるのか、一瞬だけ解らなくなる。
意識して目をしばたいた。
 あまりに寝心地が良く、意識が微睡みがちになる。
 すぐに合点が行かないが、意識が明瞭になってくると低いエンジン音が耳に入り、機内だと寝惚けた蓮華に気付かせる。
 隣を視ると、賀茂川専務は既に起きていた。
「お早うございます。」
 慌てて身を起こそうとするがうまくいかない。
「お早う。」
 賀茂川が蓮華の羽毛布団を手に、折り畳んで棚に片付ける。
 まだ使うだろうから、客室乗務員には渡さない。
 寝てばかりで動かず、食欲はどうかと思ったが。
 蓮華は機内食でだされたもので食べられるものはきちんと食べられた。
 シートをフラットにせず、蓮華は羽毛布団にくるまり、賀茂川専務と話しながら過ごす。
 しばらく休め、もう眠くはないが、仕事モードではいられない。
蓮華はずっと気を張っていられず、賀茂川の好意に甘える。
 賀茂川は明らかに旅慣れない蓮華に終始気遣いをみせ鷹揚な雰囲気を漂わせている。
 蓮華はいつもより賀茂川と一緒にいる過ごし易さを体感する。
 
 ヨーロッパまで長いフライトだが、あまりの快適さに着陸のアナウンスをされた時、やっと降りられるじゃなく、蓮華はまだ乗っていられると思うほどの空の旅だった。
 名残惜しささえ感ずる飛行機を降りて、通路にて上役の秘書達と合流する。
 目にした途端、ピリッと気が引き締まる。
 賀茂川専務の斜め後ろに立ち蓮華は無言で各自に一礼する。
 
 サロンから買い物に出て、店で賀茂川専務と遭い、飛行機に直行していた。
 サロン以来になる秘書長も先輩も態度に変わりがない。
 秘書の第一は担当する重役なのだと実感した。
 蓮華は賀茂川専務に従い続けた。
 それが役目であり、仕事だ。
 入国審査もスムーズに通過できた。
 空港に迎えの車があり、分乗する。
 先の便で渡航している社長はホテルに到着済み、後便になる重役達もいるので、今日はホテル待機になると渡航前から聞いていた。
 


第十二章
 
 賀茂川はホテルロビーの革のソファに蓮華を隣に座らせ、くつろぐ。
 機内は快適だったが、蓮華は長旅に疲れ、ふかふかなソファに座ってしまうともう動きたくない。
 誰も指示しないことを良いことに蓮華は俯(うつむ)いて大人しくしていた。
「疲れたか」
 賀茂川は蓮華の肩に手を置く。
「はい、いえ予想したよりは」
 同意しかけ、首を横に振る。
 長いフライトに緊張の疲れはあるが、覚悟していたエコノミー席とは断然違っていた。
 学生の時に乗った飛行機は半分以下の時間でも狭さや不便さがある。
 それに前後の席の感じが悪いと居心地の悪さは半端ない。
「初出張が海外なんだから、疲れて当然だ」
 ねぎらわれ、軽く肩を叩かれる。
 チェックインを終えた秘書長が近づいて来た。
「お待たせしました。」
 鍵とカードを賀茂川専務に渡す。
「全員近くにお部屋が取れました」
 秘書長の上田は賀茂川専務に報告する。
「夕食までには全員揃いますから、本日はこちらのレストランで揃ってのお食事でよろしいですか?」
 一階の向こうにある重厚な扉が見えるレストランを指差して確認した。
 社長と専務は親子だが、仕事が絡むスケジュールは公的扱いで、秘書の管轄になる。
 確認され、賀茂川は頷いた。
「何時だ」
「予約は午後7時です。」
「そこまでは自由だな。」
 言いながら賀茂川が立ち上がる。
 背の高さは西洋人にも引けをとらない。
 賀茂川は歩き出し、振り返る。
 隣に座っていた蓮華がついてくる気配が無かった。
 蓮華はソファから立ち上がろうとして、失敗している。
 ずっと足掻けば立てるが、それだとみっともないことはなはだしい。
 どうしようと思案する。
 迷い動きを止めた時に、ふわっとソファから軽く降りられた。
 賀茂川専務が蓮華の肘を掴み、腕を支点に巧みに誘導してくれた。
「ぁ、ありがとうございます。」
 座面が深いだけでなく、見た目よりも沈みが深い。
 座り心地は抜群だが、底なし沼のようなソファに蓮華は恨みの目線を向ける。
 すぐ視線を転じ、助かったと賀茂川専務を見上げ、安堵で表情を和らげた。
 賀茂川は、その一連の様子を視ていた。
 失態を見られてないか蓮華は探る目線で専務秘書長の上田をちら見して視線を外す。
 上田は別の方向を見ていた。
 良かった。
 賀茂川専務が助けてくれなかったら、みっともないことになっていた。
 焦りを取り繕うように蓮華は周囲を見回す。
 高級なホテルのゴージャスなロビーだ。
 秘書になってから馴染みのある光景でもある。
 賀茂川専務は腕時計で今の時間を確認する。
「午後二時過ぎか。」
 それを聞いた蓮華は風呂に入って、少し休みたい。
 午後七時まで自由時間だといいなぁと思う。
 秘書長に渡された鍵を手に、全員の最後尾を歩き始める。
 
 専務と秘書長が話しながら先を歩いていた。
 ふかふかソファからの離脱に苦戦した今の醜態を見ていた人々からの視線を背に受けエレベーターに最後に乗り、到着した階で降りる。
 各自キーナンバーの部屋を見つけると、その前で立ち止まる。
 挨拶して部屋に入る。
 先輩、秘書長と順に部屋に入った。
 序列から言えば、先輩より前に部屋があるべきだ。
 なぜか蓮華の部屋番号がない。
 突き当たりの観音扉の特別室に賀茂川専務の部屋番号がある。
 近くに部屋が取れたと言っていたがない。
 困惑する。
 飛び番号でエレベーターの反対側かもと想定して、蓮華はそちらへ歩きだしていた。
 頭の番号からすると階数は間違ってない筈だ。
 


第十三章
 
「蓮華こっちだ」
 声をかけられ、くるりと踵を返し、元のほうに進む。
「あっ」
 賀茂川専務の部屋番号のプレートがある観音扉を開くとまた扉だ。
 正面と左手に扉がある。
 左手が蓮華の部屋番号になっていた。
「アッ ここだっ」
 部屋を見つけ、安堵する。
 蓮華が鍵を差し込むと開いた。
 貴族の城館をホテルにしてあり、歴史があり、設備に新旧が混在していた。
「どれ」
 賀茂川は蓮華が一か月過ごす部屋を確認する。
「シャワーだけか。こっちの部屋に浴槽があったら、こっちを使うといい」
 蓮華のスーツケースが運び込まれているのを観て、賀茂川は頷く。
「はい、ありがとうございます。」
 蓮華は賀茂川専務の好意に素直に感謝する。
 配属以来ずっと、新人秘書の蓮華に何くれとなく気にかけてくれている。
 不慣れな失敗をいつも寛容に許してくれた。
 同僚も後輩もおらず、目上ばかりで窮屈なとこもあるが、新卒者は似たミスでどやされている話しを良く聞く。
 自身から希望して他部署に行こうとは思わない。
 希望したって通るかどうかは会社の意向次第だ。
「それでは夕食に」
「はい、スーツで大丈夫ですか?」
「スーツで良いだろう。」
 賀茂川が部屋に入るのを扉の前でお辞儀をして、扉がしまった音を聞いてから、身を起こす。
 隣の自身の扉を開閉し、鍵を閉める。
 
 日本の自宅マンションを出て以来の一人だ。
 蓮華は意識して大きく深呼吸する。
 内装は改装されているが、建物は数百年を経てる老舗ホテルだ。
 この部屋は隣の主賓室に対する侍従部屋なのだろう。
 それでも日本のビジネスホテルより広めだ。
 シャワーとトイレ完備、ベッドの寝心地も悪くなさそうだ。
 これなら出張中、問題なく過ごせそうだ。
 
 シャワーを浴び、ホテル備え付けの珈琲を入れて、ベッドに腰掛け飲んだ。
 いつも背負っているバッグからパール缶を出し、数粒のショコラを手の平に乗せた。
 それを味わいながら喉を潤し終えると、ベッドにごろりと横たわる。
 
 ノックの音で目覚めた。
 いつの間にか寝落ちしていた。
「はい、すぐ降ります。」
 脱いだスーツがシワになってないか確認しつつ、急いで身に着ける。
 ワイシャツのボタンを慌てて留め、身支度を整えていく。
 上着を羽織りながら、鍵を手に外に出ると誰も居ない。
 蓮華はエレベーターで階下に降りる。
 ロビーからエレベーターへ前について歩いたので、右に行くのか、左に行くのか判らない。
 英語すら覚束(おぼつか)ないのに、フランス語など判ろう筈もない。
 案内プレートはあるが、蓮華には役に立たない。
 きょろきょろと辺りを見回していると向こうから歩いて来る人を見つけた。
「上田秘書長」
 蓮華が照れ笑いしながら寄って来る。
「休めたか」
 上田は体調を気遣う。
 蓮華は秘書の一番下っ端だ。
 こういう時に一番最初に集合場所に足を運んで、準備設営してしかるべき立場なのだが。
 蓮華は別だ。
 社長の右腕である秘書課長が、社長子息を引き戻す為に抜擢したキーパーソンだ。
 父親である社長ですら半信半疑であったものの、跡を継ごうとせず、勝手に起業し、とんとん拍子に業績を飛躍させ、辛うじて非常勤として留め置いてはいるが、多忙を理由になかなか出社しようとしない。
 それが正当な跡継ぎであれば、どうにか戻そうと親世代は試行錯誤し、悪戦苦闘していた。
 結果、期待外れでも何の実害もない。
 蓮華を採用、非常勤でお茶を濁す嫡男隆房の担当秘書にした。
 それは期待通り以上に功を奏した。
 自身の企業を傘下に入れ、本社に腰を落ち着ける。
 本社の専務席に収まってくれた。
 渡航に際しても、蓮華を随行させるとスムーズにことが進んだ。
 上田秘書長の目線で観察していると、賀茂川専務は蓮華を猫可愛がりするが、ただ甘やかすばかりで見返りは求めていない。
 見返りを求めれば、関係は複雑になる。
 それを面倒に思うレベルなのかとも思うが。
 かといって蓮華に飽きたりした様子もない。
 永続するオーナー企業にとって賀茂川家の嫡男が跡を継ぐのが絶対条件である。
 それは至上課題であり、成就されることが悲願であった。
 その前にある犠牲はなんであろうと瑣末(さまつ)であった。
 上田は秘書課長から、蓮華が迷っているかもしれないと指示を受けロビーに出てきた。
 言われた通り、タイミングが良い。
 自身を見つけた蓮華が寄って来た。
 トイレに向かう上田の後について来る。
 場所がわかっていれば、一人で向かう筈だ。
 やはり場所がわかってなかったのかと上田は密かに苦笑する。
 後ろを歩いている蓮華は気が付かない。
 
 フレンチレストランの入口に立つと黒服の紳士がにこやかに席に案内する。
 社長と専務が打ち合わせをし、重役と秘書が真剣に拝聴している。
 蓮華は専務担当秘書の末席に座る。
 蓮華も耳を傾けるが、専門用語が多い。
 小さな打ち込み専門のキーボードを出して、専務の仕事の話を打ち込み始める。
 それをパソコンで清書し、ビジネス用語を調べて、覚えるように努力している。
 蓮華は配属されてから、ずっと懸命にやっているのにちっとも知識が追いつかない。
 胸ポケットには録音機を入れてある。
 併用しないと網羅できない。
 話から、明日から思った以上に忙しそうだと思う。
 完全に会議の合間の食事になる。
 そういう場にしては豪華すぎる料理だった。


 
第十四章
 
 それは日本にいる時からだ。
 賀茂川が常勤になってから、途端に毎日が忙しくなった。
 就業時間内は適度な休憩も決められて、多忙さに押し潰されることは無い。
 残業もあるが、そういう時は食事も出る。
 蓮華自身が五年振りの新卒新人、なかなか秘書課の後輩ができそうもないのが難点くらいで働き易い環境だ。
 
 語学が流暢でもなく、海外経験も殆どない。
 一か月の海外出張は不安だった。
 言葉が出来なくても、不便なことは無かった。
 朝、身支度を整え階下に降りる。
 打ち合わせをしながら、ビュッフェの朝食。
 三日目から日本食コーナーができ重宝していた。
 日本に居る時は日本食には拘(こだわ)ってなかったのに異国にいて、  日本食を食べると安心するのは不思議なものだ。
 ホームシックにならずに済んでいる。
 いくつかのプロジェクトが同時進行。
 会議や打ち合わせの連続をフォローする秘書達も忙しい。
 一週間で社長と重役の一人が帰国。
 他の重役が三名、時間差で到着した。
 それに伴い、担当秘書も出入りがある。
 今回の海外計画の主導は専務で、専務だけは最初から最後まで現地滞在する予定だ。
 朝食の時に、滞在メンバーが勢揃いするが。
 後は重役と担当秘書ごとに別行動となる。
 
 蓮華は賀茂川専務秘書として働いた。
 会議録を作るのが蓮華の仕事だ。
 専務の隣か、後ろに居て、内容を記録する。
 音声データを部屋でパソコンに整理保管する。
 日中は分刻みで活動、帰宅してもホテル住い。
 やはりどこか落ち着かない。
 旅疲れに多忙が重なった疲れなんだろう。
 すっかりと食欲が減退している。
 食べないと体力が落ちるから意識して食べるのを維持していた。
 それでも胸やけは日に日に強まるばかりだ。
 ランチになると、もう蓮華は意志の力でどうにもならなくなっていた。
「蓮華」
 取引先の会食相手とにこやかに別れた賀茂川専務に呼ばれた。
「‥はい」
 数歩近づいて蓮華は返事をする。
「病院に行こう。」
「はい?」
 瞳を見開き、疑問形になる。
 慣れぬ海外生活に疲れを自覚しているが、風邪とかになっている訳じゃない。
 軽い胸やけはあるが、不調はそれだけだ。
 食事が合わないのだろう。
 だが、海外渡航は仕事で来ている。
 そんなことは言ってられない。
 昼をほぼ抜いた。
 夜には回復すると思う。
 これまでもそうして騙し騙しどうにかなっていた。
「平気です。」
 動かず、行かないと意志表示する。
「駄目だ。」
 動こうとしない蓮華の手首を掴み歩き出す。
「本当に大丈夫です。」
 頭ひとつ長身な賀茂川に力で叶わない。
 逃げると疑っているのか、車の後部座席に押し込まれた。
 不調を隠さないで済むと張っていた虚勢が解(ほど)ける。思ったよりも自身の体調が悪いと自覚して愕然となる。
 張っていた気を張り直すことも出来ない。
 意気消沈していき、気分が引き戻せない。
 まだ滞在予定の真ん中あたりなのに、飛んだ迷惑をかけてしまっている。
 そう思っても、むかむかして仕方がない。
 認めてしまうと、ぐったりドアに寄りかかる。
 それを賀茂川は観ていた。
「医療費は会社が入ってる保険が全額負担するから心配するな」
「本当ですか」
 それを聞き蓮華は、少し瞳を明るくする。
 海外の医療費が高いのは蓮華でも知っている。
 何より言葉の問題や、忙しさを考えると、二の足を踏む。
 車はそう走らず停車した。
 賀茂川に連れられ、こじんまりしたクリニックの扉をくぐる。
 大きな病院に連れられて行くのかと思っていたら、
 日本の町にある個人病院に似ていた。
 それも大仰(おおぎょう)でなく、蓮華を安心させた。
 予約してあり、受付で名前を告げると、待合いの長椅子に座ることなく、先に進むよう案内される。
 ノックすると、どうぞと日本語が返ってきた。
 それで蓮華はホッとなる。
 扉を開くと白衣を着た金髪碧眼の男が座っていた。
 日本人医師ではないが、言葉は堪能だ。
 姿を観なければ、日本人と思うほど発音もおかしくない。
 体温、血圧、脈診をしながら、蓮華の体調を聞く。
「通便はどうだね」
「つうべん?」
 蓮華は思い当たらず、考え込む。
「違った、逆だ。便通は?」
 医師は手を打って、訂正する。
「べんつう?便通か」
言葉の意味はわかったが、答えに窮する。
 女じゃないし、同行者も女じゃない、体調のことだ。
 判れば正直に応える。
「‥‥覚えが、覚えがありません。」
 言われたらいつしたか応えられない。
「渡航して、二週間近いが、こちらに来てから?」
「‥‥」
 蓮華は頷く。
 頷きながら、もう一度考えるが答えに変わりない。
 体調任せで気にしたことがない。
「渡航前は?」
「普通に」
 医師が蓮華の言葉の続きを待つ。
 蓮華は黙ってしまう。
 
 つづく
 
 

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