帰ろう

午前零時。近所のコンビニを物色して、何を買うこともなく出てきた私は
「」
咳をしたのか咽せたのか微妙な感じになった。明るいネオンから離れる足取りが加速する。ややあって目線がアスファルトから浮き、何かに引っかかった。川の向こう。街の輪郭から青く、そして割と太く頭が出ている。
あんな建物はこの街に存在しない。そういう条例があったはずだ。
体が勝手にベタな動作を済ませている。嘘ではないぞと伝えてくる。えええ。
「嘘だ」
反射的にそう言ってみたが冷たい風のせいかよく聞こえない。今更あったかい飲料が欲しくなる。そうだ、帰ろう。


ペダルを交互に踏み、風を切らない位の速さで市街地へ向かう。遡ってくる車両の眼光が眩しい。いや、移動としてはこっちが上りか。遡上先がビル街ってどうなんだろう。ともかく、青い物体は未だ健在だ。
先日まで青かったSNSに写真を投稿したものの、飛んできたハートは1つだけ。よく反応をくれるがそもそもこの国に住んでいなさそうな人間からだ。というか本当に人間なのかな。目の前で信号が赤に変わる。

勢いで漕ぎ出したことを後悔する頃には、引き返したい距離ではなくなっている事がある。動かない光は色鮮やかになり、動く光と動く影が多くなってきた。心なしか風の冷たさも少し和らぐ。洞窟みたいな空間の出入口にたむろする人々の横をすり抜けて、商店街の形をしたワープホールをくぐって、空っぽの通知欄を確認した。まだ1時間も経っていないらしい。

大通りに差しかかったので空を仰ぐが、その方角は変わらない。中層ビルに切り取られた空にもちゃんと写り込む。というかあまりにスケール感が違う。どこかの街の巨大な銅像を思い出す。あまりにも明らかなそれを指差して通行人に確認を求めたが、
「  ああ、 そうなんですね」

間違いなくハッピー・トリッピー・クレイジーのどれかだと思われていた。恐らくシラフの彼を乗せたタクシーは、すぐそこの赤信号で待たされていた。深夜なのにきっちり稼働している。その後一目散に走り去っていったが、さっき指差した方角に一番近い道を行かれてしまった。まともなのに。


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