嗚ゝ、李明博君! 大韓民国、経済再興戦略の挫折と苦悩 4

 人間の運命とは不思議なもので、同じことをしたからといってもそこからもたらされる結果はときとして正反対のものになることが多くある。
 そしてその不運は、今まさに我らの李明博大統領に振りかかろうとしていた。

 うん。今回は割とすんなりした導入になった。

 というわけで、今回はいよいよ李明博政権の後半から末期へかけての話をしていこう。

 ときは2011年。
 この年の韓国経済は、欧州経済の混乱もあってやや不穏な雰囲気が見られたものの、まずまずの好調だった。

 韓国、“不況型黒字”の兆し…輸出より輸入の減少幅拡大で
 https://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=146015

 背景にあったのは主要な企業がいずれも大きく収益を伸ばしたこと。そのため日本でも韓国の経済界に対しては評価が高まったこともあって、2012年の1月には。

 『サムスン式 仕事の流儀 5年で一流社員になる』

 とかいう本も出ていたくらいだし、韓国の経済、企業は全般的に強いと見られていたんだ。

 しかし、こうした財閥の好調とは裏腹に、この頃李明博政権の周辺では様々な問題が起こりつつあった。
 中でも大きいのが「韓国国内の財閥とその他の中小企業の格差」がいよいよ顕在化してきたことなんだ。
 
 もともと韓国の経済界では財閥が圧倒的に強い力を持っている。
 そして代々の政権の課題はこの「財閥優位の構図に対する国民の不満をどう緩和させるか」という点にあったといっていい。

 これは大事なところだけれど、韓国の歴代政権はけして「財閥優位の構造を壊そう」とはしていない。金大中政権にしても、廬武鉉政権にしてもね。理由は簡単だけれど、まず韓国の主要企業のほとんどは財閥系だし、GDPに占める財閥系企業の割合も非常に高い。

 ロイターによれば

 >財閥上位10グループが生み出す収益の総計は、2017年の韓国国民総生産(GDP)の66%に相当する。

 焦点:韓国版ラストベルト、凋落の企業城下町を襲う失業と自殺 https://reut.rs/2nIIqTs

 と、ある。
 この数字を見ればわかるように、万が一にでも財閥を解体する、ということにでもなれば韓国の経済事情は大きく変わることになるだろう。だからそんなことはできるわけがない。
 韓国の主要メディアにしても、この点では「財閥に頼らないと韓国はやっていけない」ことを認めている向きが強いからね。

 また、財閥はこうした事情から韓国政府とも結びつきが強く、政府の意向で様々な交渉事を進めるケースも多く見られるのも特徴だ。
 有名なところでは2000年に行われた金大中大統領と、北朝鮮の金正日との首脳会談をめぐる疑惑だね。
 このとき、首脳会談に対する「見返り」として、韓国の主要財閥の一つである現代グループから4億ドル程度の送金が行われたのではないかと当時の野党側から指摘を受けたことがあった。
 
 「南北首脳会談の際、北に4億ドル送金」波紋呼ぶ疑惑
  http://japanese.donga.com/List/3/all/27/270708/1

 まあ、このときの南北首脳会談をめぐっては他にも色んな話があるんだけれど、それを説明するとそれだけで終わってしまうから、このあたりにしよう。
 ともかくこんな具合に韓国としては

 「財閥への非難が多いのはわかっている。けれど彼らなしで韓国経済は動かない」

 というジレンマを抱えているのをわかって欲しい。
 どうも巷では。

 「李明博は財閥を優遇したけれど、その恩恵が社会に行き渡らなかったために不満を招いた」

 という評価があるみたいだけれど、これは別に李明博政権の問題ではなくて、90年代あたりからすでに指摘されていた構図が今も変わっていないというだけなんだけれどね。
 そこは興味のある人に読んでもらえばいい。

 https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=15813

 こういう具合だから、韓国の政権は「財閥への不満を軽減する」という方向にいくことになる。つまり「もっと庶民や中小企業にも恩恵を与えよう」というわけだ。
 李明博政権の場合、その中核になるのが前にも話した「同伴成長委員会」の設置だった。
 この同伴成長委員会が最大の切り札に考えていたのが「利益共有制」というもので、どういうものなのか当時の記事から引用してみよう。

 >韓国で「利益共有制」が論議を呼んでいる。これは、「各企業が目標として掲げた利益と実現した利益の差である超過利益を中小企業支援に使う」というもので、大企業と中小企業の共生をめざして昨年末に発足した協力成長委員会の鄭雲燦(チョン・ウンチャン)委員長(前国務総理)が提唱した。
 
 <鳳仙花>◆韓国の新たな実験「利益共有制」◆
 http://www.toyo-keizai.co.jp/news/hosenka/2011/post_4442.php

 これはなかなか思い切った制度だ。
 なにせ大企業の利益を直接中小企業に回そうというんだから。しかし、結果からいえばこの政策は事前の議論に反して、それほどの効果がなかったようだ。
 どうも制度の導入ではなんとか合意にまでは達したものの、大企業の積極的な協力を得るというところまではいかなかったらしい。
 
 同伴委と大手企業、「協力利益配分制」に合意 http://japanese.donga.com/3/all/27/416389/1

 さらにそれからすぐ同伴成長委員会そのものも委員長を務めていた人物が電撃的に辞任をしたことで、ほぼ決裂状態になってしまった。

 チョン・ウンチャン委員長 "全経連 解体すべき"
 http://japan.hani.co.kr/arti/economy/11027.html
 
 このあたりにも財閥とその改革を要望する市民との間で板挟みになりやすい韓国の特徴がよくあらわれているといえるんじゃないかな。

 こうした中、ついに市民側の不満が爆発する事件が起きた。

 発端となったのは「パン屋」だ。
 え? 間違いじゃないよ。 うん、「パン屋」。
 そのパン屋さんがとにかく大変だったんだよ。

 まず、ここまでにも繰り返ししつこいくらい話してきたように、韓国では財閥系の企業が強い。
 しかもその財閥にはほとんどの場合オーナーの一族が経営するファミリー企業がたくさん含まれている。
 そして財閥一族の人間はファミリー企業のうちで、またさらにそれぞれに個別の事業を手がけているというケースが多く見られるんだ。

 彼らの経営する企業は名目上は個別の企業であっても、その出資元は親族の財閥企業なわけだから、いうなればグループ会社の一部といっていい。

 こうした圧倒的な財力を背景に、彼ら財閥グループの若手たちがこの時期盛んに進出していたのがベーカリーブランドの経営だった。
 大体日本でいうとちょっとオシャレなパン屋さんとカフェが一緒になったものだったみたいだね。
 けれど、次々に展開されるベーカリーブランドは当然激しい競争を生むことになる。
 その結果最も被害を受けたのは、もともとあまり競争力のない自営業のパン屋さんたちになった。

 財閥一家 娘らはパン、息子らは外車…‘金になれば何でもやる’
 http://japan.hani.co.kr/arti/economy/10393.html

 その結果、国民からは「こんな産業にまで財閥が入ってくることはないじゃないか」という不満の声が高まり、韓国のメディアも次々と批判を訴えはじめる。

 このためついに李明博大統領が。

 「2世、3世は趣味でやっているのかもしれないが、パン屋を営んでいる小規模商人にとっては生存権の問題だ。財閥が数兆ウォンの利益を出したからといって、小規模商人の領域まで進出していいのか」

と、国民の声を支持する異例の声明を発表する事態にまでなった。

(参考:http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34477)

 こうした声明もあってサムスンなどの一部財閥は早速カフェ、ベーカリー事業からの撤退を発表したんだけれど、ときすでに遅く、国民の批判はなかなか収まりはしなかった。
 これらの動きが結果的にさっきの同伴成長委員会の事実上の決裂もあって。

 「李明博政権は財閥、大企業を優遇するだけで中小企業や自営業者を助けてくれない」

 という不満を高めることとなった。
 これが今の李明博政権の評価につながっているのは少し気の毒ではあるけれどね。
 
 さらにこうした政権への不満にさらに拍車をかけたのが当初成功していたと思われていた李大統領のトップセールス、資源外交、そして大規模公共事業の失敗、そして談合などの疑惑が相次いで発覚したことだった。

 まずはUAEの原発輸出に絡む問題だ。

 もともとUAEの原発輸出では韓国の原発建設の受注額は約200億ドル(約1兆7300億円)と日米やフランスの提示額よりもかなり割安だったされている。しかも完成後には60年間原発の運転を保証するというオプションをつけるなど、実績作りの面が大きいことも指摘されていた。

(参考:http://globe.asahi.com/feature/100802/02_3.html )

 しかし、さらにこの他に韓国がUAEに対して、28年間で総額100億ドル(約8100億円)の融資を行う取り決めを行っていたことが発覚する。このため韓国国内では政府が意図的にこうした取り決めを隠していたのではないかという批判を受けることになる。
 韓国の朝鮮日報はこの件をとりあげて。

 >論点は三つある。第一に、受注当時「UAEが事業費全額を負担する」という韓国政府の発表とは異なり、韓国が金融支援を行う内容の裏契約が存在したかだ。
 第二に、韓国よりも国家格付けが高いUAEに低金利で融資を行えば損失が生じるとの指摘だ。第三に、当初昨年末に予定されていた原発の起工式がなぜ延期されているかという疑問もある。

 問題は韓国政府が受注後、韓国がUAEに金融支援を行うことを公表していなかった点だ。

「UAE向け原発輸出、巨額融資非公表に批判(上)」 2011.02.03 朝鮮日報 より

 と批判している。
 ようするにかなり無茶な実績作りだったというわけだね。

 こうした事実が明るみに出てくると、これまでの李大統領の実績とされたトップセールスや大掛かりな公共事業にも厳しい目が向けられていくようになった。

 結果、2011年の9月に韓国国会の国政監査では韓国が他国と結んだ鉱物資源開発事業の覚書のうち、3分の1にあたる11件が失敗したという報告がなされるにいたる。

韓国のトップセールス「3分の1が失敗」
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM29045_Z20C11A9FF1000/ より

 あくまで財閥の問題だったパン屋の件に比べても、これまで経済政策で成功してきたと評価されていた李政権にとって、これは致命的な出来事だったといえるだろう。
 しかもこうした開発事業の失敗は李政権の退陣後にも続々と発覚することになる。

 UAEの原発受注と並ぶ功績と見られたボリビアのリチウム事業と鉱山開発ではやはり投資額にあった収益が見込まれないという理由から2013年には朴槿恵政権への交代と共に撤退が検討されるようになり、2015年に結局ボリビア側から韓国の企業チームが締め出される形で幕を閉じた。

 参考:http://www.focus-asia.com/socioeconomy/photonews/412602/

 同じく2008年に韓国石油公社を中心とする企業連合が多額の投資と引き換えに得たイラク北部のクルド自治地域での油田開発の権利もまた、採算が合わず総額で3億ドル以上の負債が発生したとされている。

 参考:http://japan.hani.co.kr/arti/politics/20154.html


 この上さらに・・・まあ、不幸は重なるというけれど、失策というべきなのかな。

 韓国国内では李大統領が政策の目玉として掲げていた四大河川の整備事業についても水質の悪化などの「環境悪化」が取りざたされるようになっていく。
 この事業。もともと工事の着工前からむしろ水質が悪化するのではないかという懸念があったんだけれど、李大統領にとっては公共事業の目玉でもあっただけに、どうしても成功させたいという思惑があった。

 だからこんなエピソードがある。
 
 2009年11月。

 李大統領はテレビの中継に出演し国民の前であるものを披露した。
 それは金属でできている魚の形をしたものだったという。
 実はこれこそ、李明博大統領が国民を説得するために準備した秘密兵器「魚ロボット」だった。

 「この魚ロボットが川を泳いで水質を調査するので問題ない。だから安心していい」
 
 李大統領のこのパフォーマンスは国民にもかなり受け、李大統領の支持率の高さも手伝って、以後しばらく河川整備の工事は順調に続けられるようになったされる。

 うん。なんとなく優秀な官僚っぽいやり方でいいじゃないか。

 でもこのロボット。
 開発に57億ウォン(日本円でおよそ5億円前後)という大金が投じられたにも関わらず9つ作られたうちの7つがすぐに故障して、どうにかテストまでこぎつけた二つのうち一つもテスト中に故障するというひどい有様だったらしいけれどね。

 結局、仕方なく残った一つのロボットで性能検査をされたものの、性能は当初の目標とはかけ離れたもので、とても使い物にはならなかったそうな。

57億ウォンかけたが…川にも近づけない韓国の魚ロボット(1) | Joongang Ilbo | 中央日報 https://japanese.joins.com/article/367/188367.html
 
 ひどいオチしかないんだけれど、今にすれば、このロボット魚の末路はそのまま李明博政権の行く末、そして河川整備事業の結末を暗示していたとも思えるんだよなあ。

 河川事業は時間の経過と共に次々と談合や、建設業者への賃金未払いなどの問題が発覚していく。
 さらには完成した箇所でも複数の欠陥が見つかるなどして、この事業に投資された22兆ウォン(日本円でおよそ2.2兆円)という莫大な金額はほとんど何の成果も生まず、返って水質を悪化させるに終わり、しかも莫大な維持費までかかる完全な失敗だったのではないかと韓国国内で李明博政権に批判的な立場からは長く批判と糾弾が続くこととなった。

 4大河川談合が足かせとなる韓国建設輸出 | Joongang Ilbo | 中央日報 https://japanese.joins.com/article/012/193012.html

 文在寅政権下に噴き出した李明博時代のウミ|ニューズウィーク日本版 http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/11/post-9007.php?t=1

 こうした具合で、李明博政権は徐々に目玉としていた政策も手詰まりとなっていく。

 そんな中、ついに大統領自身にとって致命的な出来事が起きる。

 2012年の7月27日。李明博大統領の実兄の李相得氏が政治資金法違反の疑いで逮捕、起訴されてしまったんだ。

李明博大統領の兄、貯蓄銀から6億ウォン不正資金受領疑惑
http://japanese.joins.com/article/665/154665.html


 韓国で大統領の親族が汚職で逮捕されることはけしてめずらしいことではないんだけれど、この李相得氏の逮捕の背景にはそれだけではすまない問題が潜んでいた。
 それは李明博大統領の資源外交において、その中心的な役割を担っていた一人が李相得氏だったからなんだ。

 このためこの汚職事件はただ大統領の親族による不正であるというだけではなく、これまでの外交交渉でも企業と政府が談合を繰り返し、しかもその見返りに大統領に近い人物が金銭を受け取っていたのではないかという一大疑惑に発展する可能性を秘めていた。

 これにより李明博大統領は完全に後がなくなってしまうことになる。そしていよいよ彼は最後のカードを切るしかなくなった。そう「反日」というカードをね。

 
 あー・・・今日はずい分長い上に、硬い話が多かったね。次回は竹島への上陸。そして李政権のまとめを行うつもりでいるんだけれど、そっちはもう少し短めにしよう。
 それではまた。

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