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父とあるく

今年のゴールデンウィークは、9か月ぶりに茨城の実家へ帰省した。

すこし、父のことを書く。

わたしの父は、電気関係の自営業をしている。
仕事はずいぶん減ったようだが、70代半ばでいまだ現役で、電話があればすぐに飛んでゆく。娘としては事故やケガが心配だし、そろそろリタイアしてもらいたい気持ちと、元気なうちは体を動かしていてもらいたい気持ちが半々だ。

自分の下着の場所さえわからない、亭主関白の父。父から仕事をとったら、孫と遊ぶことと、映画鑑賞と読書しかない。それこそ一日中、居間にいるだろう。「少しは物置を片付けて!」とぷりぷりする母の姿が目に浮かぶ。

帰省して2日目。ペーパードライバーのわたしは、父に甘えてコンビニまで車を出してもらった。用事を済ませると、父はレジの近くでそそくさと作業をしていた。

あとから車に乗りこんできた父に「何してたの?」と聞くと「ネコポス。」と言ってニヤリと笑った。父は以前から、不要になった機材や部品などをフリマアプリで販売している。案外買い手がいるらしい。

家に帰る途中、「新しくできた道を、ちょっと歩こうよ。」とお願いしてみた。父は「いいけど、なんにもねえど。」。

近くの公園の駐車場に車を停めると、かけっこをして遊ぶ親子が数組いた。
新しい道は、町の沿岸部と内陸部をつなぐ、津波避難道路。すこし前に開通したばかりだそうだ。

駅方面へむかって歩き始めると、すぐにJR線をまたぐ跨線橋のゆるいのぼりが始まる。道路は片道1車線で、両脇には車線と同じくらいの幅の歩道がある。光沢のあるアスファルトと真っ白な線。土のついたタイヤ痕がはっきりと残るほど、真新しかった。

跨線橋の一番高いところからまわりを見わたすと、水の張った田んぼが一面に広がり、きらきら輝いていた。山の木々が、風で揺れていた。「いい景色だねえ。」「そうけえ?」

写真を撮ろうとしたけど、やめた。
父と同じペースで歩きながら景色を見ていたい、と思った。


駅前へ出て、帰りは歩道橋を渡る。

父は自分からはあまり話さないひとだ。だけど、わたしの同級生の両親が住んでいるお家の場所を教えてくれたり、祖母が亡くなってからのこと、父の足の具合のことを話してくれた。階段をのぼりながら、互いにぽつ、ぽつと、話す。

頑固で気分屋なのは、父譲り。
考えているようであまり考えてないところも、父譲り。
だから気が合うし、子どものころから一緒にでかけるのが好きだ。

祖母が亡くなる直前まで生活していた施設の前を通る。
「さくらちゃん、いるかな?」施設にはゴールデンレトリバーが1匹いて、面会に行くたびしっぽをぶんぶん振ってくれた。

よく見ると、玄関から少し離れたところに犬小屋があり、大きな体が横たわっている。
「昼寝してる。元気そうね」と言うと、父はこくりと頷いた。


車に乗り込む前に、父に言った。
「ねえ、お父さん。さっき道路の向かい側で、ヤギが雑草を食べていたのわかった?」「どこでえ?」「道を下ったところの田んぼの横。男のひとがヤギをロープで引いて、草食べてるのをしゃがんで待ってたよ。」「ヤギがあ?」
いや、ほんとにヤギがいたって。ふたりで笑う。


歩いた距離はおそらく1キロもなかったろう。
なんにもねえど。
父はそう言ったが、そんなことねえどって思う。

庭にあるブルーベリーの花。
毎年、父が採り母がジャムにして送ってくれる

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