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チョコといっしょに飲み込んだ、恋する気持ち。

義理チョコ、友チョコ、ご褒美チョコ。本命チョコに逆チョコレート。今はいろんなチョコがあるらしい。でもやっぱりバレンタインデーは、恋する乙女たちにとって、だいじな決戦の日のひとつなのだ。

むかしからイベントごとは苦手。
だけどそんなわたしも、一度だけ戦おうとしたことがある。

高校生のころ、おなじクラスの子に片思いをしていた。
野寺くん(仮)は野球部に所属する、背が高くがっしりとした体型の、いわゆるスポーツマン。

とにかく声が大きくて、よく笑う。そして、いつも男子とわちゃわちゃ騒いでいた。
事あるごとにクラスメイトや担任の先生にいじられて、クラスのみんなの笑いを誘う、優等生というより「クラスの中心にいるタイプ」の子。でも、ふざけているかと思えば、ときにマジメに堂々と意見をしたりして。

緊張とか、しないのかな。
高校に入学したばかりの、ひとみしり全開だったわたしには野寺君はとても眩しく、近づきがたい存在だった。

しかし、最初の席替えで状況が一変したのだ。
クラスで一番目立つその存在が、わたしの隣の席になった。

隣にいると毎日、気づくことがあった。
野寺くんは、とにかく教科書を忘れる。単純に、持ってくるのが面倒くさそうだった。そうなると、わたしの教科書を一緒に使うことになる。机をぴたりと付けて真ん中に教科書を置いてふたりで眺める。ページをめくる手がふるえる。近い、集中できない。

また、野寺くんは授業中にだいたい寝ていた。毎日朝練があるため、いつも眠いのだろう。教室の真ん中の前から2列目という、わりとデンジャラスな地帯にも関わらず、上手いこと寝ていた。

爆睡中に野寺くんが先生から指されたときは、こちらの方がヒヤヒヤ。でも、なぜかちゃんと答えるんだよな。

休憩時間になると、きまって仲のよいラグビー部の子とプロレス雑誌を読んだり、プロレス技をかけあったり。ワッハッハと笑う大きな声と明るい笑顔がはじけていた。

マイペースで、堂々として、ちょっとクセのある、おもしろいひと。

そして夏、クラスマッチ(クラス対抗スポーツ戦)のハンドボールの決勝戦で見た、ジャンプシュートをバシッと決める野寺くんの姿に、わたしは恋をした。忘れもしない、夏の日の1993。

2年生になって野寺くんとは違うクラスになり、廊下ですれ違うとたまに「こんにちは〜」と挨拶する程度。もともと遠い存在だった野寺君は、ますます遠いものになってしまった。

なんとかもっと顔を見たいと、用事もないのに野寺くんのいる教室へ足繁く通う。知っている友達とおしゃべりしつつ、野寺くんの姿をチラチラ見る。目が合ったものなら、一日中しあわせ気分。恋に恋する乙女だった。


別のクラスになってしまったけれど、野寺くんと唯一繋がっていたものがあった。それは「英語のノート」だ。

わたしは、授業中にノートを細かく取って満足するタイプだった。その様子を野寺くんは隣で見ていたのか、ときどき、ノートを見せてほしいと言ってきた。

クラスが変わった後もそれは続いた。テストが近づいてくると、決まって大きな身体を揺らしながらずんずんと教室にやってきて「コモリさん(私)、いますか。」

きたーーーっ!!!

「ごめん。英語のノート、今度また貸してくれる?」「うん、いいよ。じゃあ明日持ってくるね。」

彼にとっては、ただの「ノート要員」だったのかもしれないけれど、わたしはとても嬉しくて。わたしは丁寧に書いたノートを届けて、野寺くんが返しにくる。
結局、英語のノートのやり取りは、3年生になっても続いたんだけど。

そして迎えた高2のバレンタイン。
もうすぐお互い受験生になる。もうノートのやりとりも無くなってしまうかもしれない。

野寺くんにチョコレートを渡そう。告白とまではいかなくても、ありがとうの気持ちを込めて。

そう思って用意したのは、手作りチョコレート。
今思えば、なんでいきなり手作りなん? しかもお菓子作り、したことないじゃん? 美味しそうなチョコレートは、今はなきイトーヨーカ堂にも日立伊勢甚にも売ってるというのに…。ああ若いって、おそろしい。

作ったのは、ハートや星のかたちをしたクッキー型に、溶かしたチョコを入れて、仕上げにアーモンドやチョコスプレーをトッピングするという、簡単なもの。

不器用なわたしは悪戦苦闘しながら、なんとか作りあげた。

そして当日。
キレイにラッピングしたチョコを小さな紙袋に入れて、登校した。

野寺くんを見つけたら、ひとこと「よかったら食べてください」そう言ってダッシュ。

…するつもりだった。
いざとなると胸の鼓動が聞こえちゃうんじゃないかというくらいにどくんどくんと音がして、くるしくて、くるしくて。休憩時間のたびに紙袋を持っては廊下をふらふら、ふらふら。あやしい姿だったと思う。そして時間がどんどん過ぎ、あっという間に午後の授業が終わってしまった。

結局、渡せずじまい。紙袋はそのまま家へ持ち帰り、机の三段目の引き出しにしまい込んだ。

渡すタイミングも、勇気も、わたしにはなかった。もう今さら渡せない。引き出しに入れたチョコレートを眺めては、ため息をつく日々が続く。

そして、バレンタインデーから数日たったころ、わたしは紙袋を広げて、

食べた。むしゃむしゃと、一気に食べた。
チョコといっしょに飲み込んだのは、恋する気持ち。

勝負すらできなかった、わたしのバレンタイン。あのときわたしはチョコを作りたかっただけなのかな。ほんとに野寺くんに渡したかったのかな。今でもよくわからない。

ただ、「今じゃない」ってことだけはなんとなく感じて。
じっさいにこの数ヶ月後、この恋はちょっとだけ動くのだ。


昔からイベントごとは苦手。
「もうすぐバレンタインだからさ、チョコケーキ買って帰ろ」
そんな主人とのやりとりで蘇った、ほろにがい思い出。


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