回帰

令和5年 8月9日

 望んだのは柔らかな傘と刺胞と触腕、透明な体だけなのに、俺は程遠い姿をしていて醜い。本来ならば海を舞うクラゲでいられたのに。

 帰りたい。海へ帰りたい。母の胎から生まれたなんてきっと嘘だから、いつかは氷が溶けるようにこの身もクラゲとなって、水流と自分の境もわからないまま漂い続けるのだ。
 深く潜って、潜って、そのまま帰りたくない。辛くて仕方がなかった学校も仕事も全部まぼろしで、夢だから。感じなくていい痛みだから。だって俺は、クラゲだから。ふわふわ、ゆらゆら、そうしているだけでいいのだ。


 暗い部屋で目を覚ますと、イヤホンが外れていた。深海をイメージしたASMR動画は流れっぱなしで、端末には電池残量の少なさを知らせるポップアップが出ている。……ああいやだ、現実に連れ戻されしまった。

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