【怪物って良い曲ですよねって話】とYOASOBI武道館ライブ公式レポーター認定試験の解答
問1.
①[ B ]②[ C ]③[ A ]④[ B ]
問2.
①[今日もお仕事頑張っていきましょう] ②[D]
③仕事の事務処理作業に要する時間や、ケーキを買うための列に並ぶ時間など、不明瞭な予定があるため、間に合うことを約束できないから。
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問3. [ 怪物 ]
「素晴らしき世界に 今日も乾杯」
この世界を全肯定する者のみが発せる台詞
そんな晴れ晴れしい歌い出しが、
実は冷笑を含んだ皮肉である事は、
続く不穏な旋律が気付かせてくれた。
これが、私と、YOASOBI「怪物」の出会いだ。
繰り返されるピアノの転調に翻弄されながら、
本能との共存に苦しむ主人公が世界を恨み、
それでも誰かを想い、選択して行動する。
そんな物語から、主人公の想いを咀嚼して、
私は、一言、物申したい。
「この手の(本当の自分/気持ち/やりたい事)を
中心に捉えた曲は嫌いだ」
なぜ、私が顔が歪むほどの嫌悪感を抱いたか。
歌詞の主人公は、間違いだらけの世界で、
自分の望む世界を悲願する。
そして、葛藤に苦しみながらも、
「他者を思い」「後悔なき」選択をする。
一方、私は。
この世界が、間違っていると思えない。
自分が望む世界の、輪郭すらイメージできない。
故に、そこに葛藤・摩擦など生まれないため、
自らの答えを出すという行動に辿り着けない。
悩める歌詞の主人公が、心底羨ましい。
もがき苦しむ様を見て羨むなんて、悍ましい。
それこそ、自身の「怪物」に触れた瞬間だった。
なぜ私は、
歌詞の主人公を羨ましい、とまで思うのか。
主人公が、世界を否定できるのは、
心に意思のある答えを持っているからだ。
主人公が、何かを望むのは、
狂おしいほどの熱意があるからだ。
故に、葛藤・摩擦に苦しむことは、
主人公にとって「不幸」ではない。
そこに立ちはだかる問題に、
何を選んだとしても、
それが後悔なき選択であれば、
主人公にとって紛れもない、正解なのだから。
意思や熱意のもとに生まれた、
こんなに人間らしい人間の本能が「怪物」なら、
芯を持たず、空っぽに揺れる私は何なのか。
YOASOBIの「怪物」がもたらした嫌悪感の正体は、
持たざる者が持つ者に触れて生じる妬みだった。
毎日をただ平凡に暮らす私に、
このような「考えるキッカケ」を与えた嫌悪感を、
今では、とても大切にしている。
2人の創りだした楽曲がリスナーに与えた影響は、
何も「元気が出た」「頑張ります」だけではない。
そのような直接的なエールを送る曲に限らず、
「私」と「怪物」の出会いのような、
自分と向き合う「キッカケ」を与える曲もある。
そんなキッカケに触れ、自身を省みて、
このままふわふわしてるのは、
まるで死んでるみたいで、もったいないな、と
心が前を向くキッカケになってくれた
「怪物」という曲に、
推薦するという形で感謝を送りたかった。
湿っぽい文章を綴ってしまった事を反省し、
最後に、野暮な憂いも、皮肉も無しに、
こんな言葉を綴らせて欲しい。
2人が武道館というステージに立つ、
そんな素晴らしき世界を想像しながら
「素晴らしき世界に 今日も乾杯」
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