農業アイドル自殺訴訟における佐藤大和弁護士らの行動と弁護士倫理についての考察

2020年9月7日、デイリー新潮で「「農業アイドル自殺訴訟」で場外乱闘 タレント弁護士がちらつかせた“月9出演”話」という記事が出ました。

この記事をめぐって、ツイッターをやっている弁護士の間でも弁護士倫理についての話題が盛り上がりました。
話題の焦点は、佐藤大和弁護士ら原告弁護団の行動が弁護士倫理的に非難に値するものかどうかという点にあります。

個人的にもこの話題は興味深かったので、本noteで考察をし、私見について述べます。

1.陳述書への署名・押印を拒否されたため、聴取報告書として裁判所に提出する行為は弁護士倫理上許されるか

これについては倫理上問題ないと考えます。

たとえば、敵性証人(相手側に有利になるような証言をしそうな人)からお話をきいた際に、ポロっとこちらに有利になるようなことを言うことがあります。こういった敵性証人に「陳述書にサインをしてください」と言ったところで拒否されて終わりでしょう。

こういった場合はあらかじめ録音をしておき、録音ファイルと反訳文を証拠として裁判所に提出するのが一般的です。

敵性証人とすると、「なんで俺の許可を得ないで裁判所に提出したんだ!」と怒るでしょうけど、そんなの知ったこっちゃありません。弁護士はあくまでも依頼者の味方ですし、真実を尊重する義務もあります。あなたの言っていたことをそのまま裁判で用いただけです、ですむ話でしょう。

今回のケースは敵性証人というよりも、中立証人という感じがしますがこの場合も同様でしょう。

したがって、陳述書に署名・押印を求めたものの、拒否されたため、聴取報告書として提出した、という側面に限って言えば弁護士倫理上の問題はないと考えます。

1-1.立証方法としては疑問の余地あり

ただ、倫理上は問題ないとしても、弁護手法としては若干の疑問があります。

反対尋問を経ない陳述書なんて証明力が低いということは、地裁以上の裁判官なら当然認識していることでしょう(ごくまれに、あなた本当に司法試験受かったんですかという裁判官がいたりもしますが)。ましてや、今回は聴取報告書ですので、余計に証明力なんてありません。
原告側弁護団は終始会話を録音していたということですので、最初から録音ファイルと反訳文を証拠として提出すればよかったのではないでしょうか。そうすれば証明力の点でも問題ないでしょうし、あえて聴取報告書にした理由が不可解です。代理人の主張をいれたいのであれば、録音ファイル等を証拠として提出し、その上で準備書面で代理人の主張をすれば良いだけです。

現に、聴取報告書という形で提出したがために、前記デイリー新潮で記事にされた上に、以下のように、中立証人と思われた橋川さんが的に回ってしまい、内容まで否定されてしまいました。

「社長から会って話をしろと命じられて仕方なく会っただけで、事実を前提としてお話しした内容ではないのです。しかも、よく読んでみると話したつもりのない内容まで書かれていて」
「言ったつもりのないことが法廷に出されてしまったのだから、訂正しなければなりません。」(以上、デイリー新潮の記事より引用)

原告弁護団には何らかの深い理由があったのかもしれませんが、現段階で判明している情報をもとにした私見とすると、これは立証方法として、悪手だったと考えます。

2.証言することによって社会生活上の不利益があることを懸念している人間を訴訟に巻き込むことは許されるか

デイリー新潮の記事によると、橋川さんは訴訟に巻き込まれることを懸念し、当初から訴訟に協力するつもりがなかったようです。

このような第三者を訴訟に巻き込むことは果たして許されるのでしょうか。

2-1.民事訴訟法では、第三者が証言をしないというのは許されない

民事訴訟法192条~194条では、正当な理由がなく裁判所に出頭しない証人には、過料や刑事罰の制裁を与えたり、さらには勾引といって無理やり裁判所まで連れてくることもできるようになっています。

また、民事訴訟法196条以下では、一定の例外を除いて、証言拒絶をすることを許さず、証言拒絶に対して制裁を定めています。

このように、社会生活上の不利益があるから裁判には巻き込まれたくない、というのは民事訴訟法の建前では許されないことになっています。

2-2.実務上、民事訴訟法の勾引などの規定はほとんど機能していないと思われる

勾引は、刑事事件であれば行われることがあります(裁判所に出てこない被告人を裁判所に無理やり引っ張ってきます。有名なのだと、野々村竜太郎氏が勾引されたようです)。

しかしながら、民事訴訟で証人が勾引されたのを経験したことのある弁護士はいるでしょうか。

正直、これについては、ファイナルファンタジータクティクスで、エルムドアから源氏シリーズを盗める確率よりは若干上でしょうが、ほとんどの弁護士が経験がないと思われます(経験者いたらコメントください)。

実務上は、証人というのは当事者が連れてくるものであり、協力を拒絶している証人候補について、裁判官に対して、「この第三者が知ってるはずです、裁判所に行くのが嫌だといってやすが、なんとか裁判所に連れてきてくだせぇ」と懇願しても受け入れられることはほとんどないのではないでしょうか。

2-3.社会生活上の不利益があるので裁判に巻き込まれたくないと言っている人を巻き込むことは弁護士倫理上許されるか

さて、このように法律の建前としては第三者は裁判に協力をしなければならないとされており、社会生活上の不利益があるからという理由では証言拒絶が許されていません。

また、弁護士は依頼者の正当な利益を実現するよう努めなくてはいけません(弁護士職務基本規定21条)。

こう見ると、弁護士倫理上は、不利益があるから裁判に巻き込まないでほしいと言っている第三者を無理やり裁判に巻き込んでも弁護士倫理上は問題ないかに見えます。
しかしながら、この理屈だけで押し通すのはなんとも座りが悪いです。
社会正義の実現を使命とする(弁護士法1条)弁護士が、依頼者の利益のためなら第三者の利益なんて知ったこっちゃねえ、という態度をとり、これを弁護士会が是認するのであれば、弁護士に対する社会的な信用は失墜しますので、第三者の利益を犠牲にするのは、一定の制限が必要でしょう。

私見としては、第三者の正当な利益と依頼者の正当な利益とが対立する場合には、第三者から理解を得られるよう務め、理解が得られない場合でも、依頼者の利益と第三者の不利益とを考量した上、第三者の利益を侵害する場合でも侵害が最小限になるようにしなければならないと考えます。

さて今回のケースでは、不利益を心配する第三者を説得するよう努めていることは録音からもわかります。
しかし、証明力がほとんどないであろう聴取報告書という形で証拠提出したのは依頼者の利益にどれだけ資するところがあったのか疑問の余地があります(録音も提出するようですが)。ただ、橋川さんが被った不利益というのがどれほどのものかうかがい知れません。
また、第三者の利益侵害を最小化する方法は他になかったのか(たとえば、事前に聴取報告書を出すと告知をしておき橋川さんが対応をしやすいように配慮する、文面についてもできるだけ橋川さんの不利益につながりそうな内容は省くなど)、疑問の余地なしとはいえません。

なかなかこの問題は難しいところがありますが、私見の結論は以下のとおりです。
倫理的非難があることは当然と言えるところでしょうが、デイリー新潮の記事の情報では、橋川さんの受けた不利益が不明であり、懲戒相当とまでは言えないと考えます。

3.陳述書への署名を躊躇する橋川さんにデメリットがないと説明していることは弁護士倫理上許されるか

デイリー新潮の記事によると、陳述書に署名押印することによる将来の不利益を懸念している橋川さんに対して、佐藤大和弁護士は以下のように説明しています。

佐藤「僕たちはずっと裁判というのに関わってきているので、9年以上(弁護士を続けてきて)、陳述書を出して不利益になった人って見たことないですし、デメリットって特にあるものではないんですよ。ただ、皆さん漠然の怖さはあるのかなと思って」

佐藤大和弁護士の経験が果たしてどれだけあるものか知りませんが、陳述書を出すことにより不利益を被る人は普通にいます。

この点は、三浦義隆先生の説明がもっともだと感じたので、三浦先生のツイートをはります。

さて、それではこのような説明をした佐藤大和弁護士ですが、懲戒相当といえるのかどうか。

私見とすると、証言をすることによる社会生活上の不利益を懸念している第三者に対して、デメリットがないと不実の説明をしているのは弁護士倫理上問題があると考えます。
しかしながら、結局は、橋川さんはこういった説明に惑わされずにきちんと署名・押印を拒否したのであり、いわば未遂で終わっていることからするとギリギリのところで懲戒相当とまでは言えないと考えます。

4.証人(候補者)への利益供与は弁護士倫理上許されるか

これについては、まず弁護士職務基本規定75条で「弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない」とされています。利益供与をしようがしまいが、嘘を言ってくださいというのは懲戒事由となります。

では、嘘を言ってくださいとまではいかないものの、証人や証人候補者に対して、利益供与をするのはどうでしょうか。

日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説 弁護士職務基本規定 第3版』208頁には、次のような記載があります。「証人の出廷や打合せの負担を考慮し、一定額の金銭の提供を申し出ることは許されるか。証人は、請求すれば国から旅費・日程が支給されるが、事前のの打合せに要する旅費等は支給されない。証人の現実の負担を考慮すれば、いかなる場合も一切許されないというのは疑問があるが、金額の多寡(実費を基本とすべきであろう)や提供の時期、方法等、公正さを疑われることのないよう、十分に留意すべきである。」

ただ、この点は専門家証人への利益供与と専門家証人以外への利益供与で分けるべきでしょう。

4-1.専門家への利益供与について

弁護士実務上、医師などに意見書を書いてもらうということはよくあります。

そして、弁護士は通常、医師に対してお金を払って意見書などを書いてもらっています。
しかしながら、これは専門家の仕事に対する対価としてお金を払っているに過ぎません。
もちろん、専門家には自分たちのほうが有利になるような意見を書いてもらっていますが、裁判官としてもそういったバイアスがかかっていることは織り込み済みです。

専門家に利益供与することが許されるのだから、専門家以外の証人候補者に対する利益供与も許されるという意見も見ましたが、それは少し違うと思います。
前述したように、専門家への利益供与はあくまでもプロフェッショナルとしての仕事に対する対価だからであり、専門家以外の単に自身が経験した事実を述べる証人候補については、仕事の対価という側面がないためです。

4-2.専門家以外の証人候補者への利益供与について

これに対して、橋川さんは専門家というわけではありません。

実務上、こういった専門家以外の証人への利益供与は行っていないのが一般的であり(行われるとしてもせいぜい実費程度)、だからこそツイッター上の弁護士は驚きを持って受け止めています。

なぜ弁護士が証人への利益供与を行わないかというと、こういった専門家ではない第三者は、意見を述べるのではなく、自分が体験したできごとを記憶に基づいて正確に述べてもらうためです。
当然、こういった人の証言は、プロフェッショナルの仕事というわけではありませんので、対価の発生はありません。

専門家は仕事をしたらお金をもらうのが一般的なので、謝礼を支払っても別段信用性は落ちません。
これに対して、専門家ではない証人が、証言に対してお金などの利益供与を受けたということがわかれば、公正さが失われ、一気に信用性は落ちます。裁判官もまさか証人が利益供与を受けているなどとは思ってもいないでしょう。

それでは、次に、専門家以外の証人に対して弁護士が利益供与をすることは許されないでしょうか検討します。

①利益供与によって虚偽の証言をするようにお願いした場合
→とんでもないことです、20,000%懲戒事由になります。
処分内容としても、戒告を飛び越えて業務停止まで行っておかしくありません。
今回は、どうも橋川さんから今までに聞いた話を原告代理人弁護士のほうで陳述書というかたちでまとめ、その陳述書について署名・押印を求めたということのようですし、虚偽ということはないのではないかと思われます。

ただ、個人的にひっかかったとすると、デイリー新潮の記事に以下のような橋川さんの主張がある点です。

「社長から会って話をしろと命じられて仕方なく会っただけで、事実を前提としてお話しした内容ではないのです。しかも、よく読んでみると話したつもりのない内容まで書かれていて
言ったつもりのないことが法廷に出されてしまったのだから、訂正しなければなりません。」

多少ニュアンスが異なるくらいであれば良いのですが、橋川さんが言っていない内容を陳述書に書いてきて、利益供与をちらつかせて陳述書への署名押印をせまったということであれば、一転、弁護士職務基本規定75条に違反し、懲戒される可能性が出てきます。
この点は、これまでの録音内容と陳述書の内容とを比較しないとわからないので、実際にはアウトかセーフかは私の方ではなんとも判別し難いです。

②証言によって社会生活上の不利益を被る証人に対してその不利益を補填する場合

→今回はこれにあたりそうです(佐藤大和弁護士は、橋川さんに対して、デメリットはないと言ってますので違うかもしれませんが)。
これが弁護士倫理上許されるかどうかは非常に悩みどころです。
率直に申し上げると、こういったことをやっていると、証人の公正さというのは疑われても仕方ないです。
私見とすると、今後の芸能活動で不利益を被ることを恐れ、証言や陳述書への署名・押印を拒んでいる人に対して、そういった不利益が及ばないようにする措置をとることは許されると考えます。月9のエキストラ出演は、利益を供与するので、不利益を相殺しますよという申し出でしょうが、エキストラ出演程度であればそんな利益はなく、弁護士倫理上ぎりぎり許されるのではないかと考えます(さらにプラスアルファがいくつもあるようなら別ですが)。
ただ、この点は非常に悩ましく、判断権者によって結論が分かれてくると思われます。

なお、この点でひっかかるのは、望月宣武弁護士が以下の内容の発言をしたとされている点です(ソース)。

「きちんと損得判断してくっていうことだと思いますよ。サインすることが得だと思うからこそするべきであって、得にならないと思うんだったらやめたほうがいい。でも、ちゃんと得を提供しますから。」

証言をするというのは、損得の問題ではありません。真実を発見するために証言をしてもらうのです。得をするから証言するという人の証言の信用性は基本的に低いです。
望月宣武弁護士が提供すると言っている得というのは何を意味するのでしょうか。
これだけではわかりませんが、過大な利益を提供する趣旨であったのであれば、証人の公正さを害する行為であり、懲戒もありうると考えます。

以上、私見とすると専門家ではない事実証人に対して、利益供与の申し入れをすることは弁護士倫理上問題なしとはとてもいえませんが、現状の情報のみでは懲戒相当とまでは言えないと考えます。

なお、この点について、日本エンターテイナーライツ協会は月9のエキストラ出演の件は裁判に関するものではないと否定しています
「政治家として優れた人間がたまたま息子だった」というケースもあるようなので、そうなのかもしれませんね。

5.テレビ局側(制作会社)の倫理の問題

弁護士倫理とは関係ないですが、テレビ局側はエキストラ出演権を利益供与のように用いることを許容しているのでしょうか。

6.まとめ

・陳述書への署名・押印を拒否されたため、聴取報告書として提出する行為そのものは、立証方法としては疑問があるが、弁護士倫理上は問題ないと思われる

・社会生活上の不利益を懸念している第三者について、無断で聴取報告書を提出した行為については、弁護士倫理上疑問があり、不利益の程度によっては懲戒相当という結論もありえるが、現在の情報だけだと懲戒相当とまではいえない。

・陳述書への署名・押印に不利益がないと説明した行為については不実を告げていると考えられ、弁護士倫理上問題があるが、結果的にこのような言動に惑わされなかったので、懲戒相当とまでは言えない。

・利益供与の申入れについては、非常に悩ましいところであるが、月9のエキストラ出演程度では、過大な利益供与とまでは言えず、現在の情報だけでは懲戒相当とまでは言い難い。

・テレビ局の倫理的に問題ないのかには疑問が残る

なお、個別の論点だけでは懲戒相当とまでは言えないものの、全てを考慮すると懲戒相当と考える、あわせ技一本というふうに考える方もいるそうです。

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