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有機JASマーガリンのつくりかた

「リボン食品」は業務用パイ生地・油脂製品のメーカー。創業は1907(明治40)年、大阪市淀川区に本拠を構える。1900年代初頭に日本で初めてマーガリンの製造に成功したのを皮切りに、コンパウンドマーガリンや冷凍パイ生地、冷凍ケーキなどを他社に先駆けて世に送り出すなど、数々の「日本初」を生み出して製菓・製パン業界に新しい気付きや価値を提供してきた老舗だ。

代表取締役社長の筏 由加子(いかだ・ゆかこ)氏は、創業一家に生まれた4代目。
「創業してからしばらくは、弊社は油脂に特化していたので、パイ生地用の油脂製品を売り込むためにホテルへ営業をかけました。ところが、逆にお叱りを受けた。パイを作るのがどんなに難儀かわかっているのか? 忙しいからそんなにたくさん生地をつくれないと。だったら『うちがパイ生地をつくるので、それを使ってください』と提案し、のちに主力商品となる冷凍パイ生地が生まれました」
こうした顧客の要望に沿った商品開発をリボン食品は得意とする。

その後も「パイ生地をのばすのが手間」という悩みをくみ取って成型パイ生地を製造。「いや、それなら焼くところまで」という声に応えて「パイシェル」(焼成タルト生地)を開発――。万事この調子で、商品ラインアップを増やして顧客の支持を得ていった。営業担当の砂子 啓(すなこ・ひろし)氏は、「うちはお客さまの手間を省けるなら、なんでもやる会社なんです」と胸を張るが、なぜリボン食品はつぎつぎとやってくるオファーに応えることができるのか。

“小回り”を武器に“隙間”で戦う。

「ひとつは弊社の規模が小さく、小回りが利くからですね」(筏社長)。リボン食品は、現在従業員がパート・アルバイトを含めて150人程度。大手メーカーならば費用対効果のハードルを越えられずにお蔵入りになるような小ロットの製品でも商品化できる。むしろ、そういった大手が手を出さない“隙間”こそが、同社の主戦場だ。

「まずは、なんでもやってみる。マーケットのリサーチはあと回し。もちろん、いきなり機械に投資したりしません。最初は手でつくればいいんです」
 小回りが利くことに加えて、こうしたトップから現場まで浸透するチャレンジ精神が、数々の“日本初”を生み出す原動力となってきた。さらに筏社長が強調するのは、「商品に付加価値をつける」こと。ほかの企業と同じことをしていたら、価格競争に巻き込まれて市場で生き残ることはできない。既成の商品になにかしらの価値を加えることで他社製品と差別化を図り、収益性を高めていくというのがリボン食品の基本戦略といえる。

自社ならではの付加価値に執着する。

その最たる例が「リボンオーガニック(RO)」と冠した商品群である。なかでも「RO 有機マーガリン」は、日本初の有機JAS認定のマーガリンであり、いまだに他社の追随を許していない。

商品開発のきっかけは、全国展開する取引先のスーパーからのto C(生活者)向け商品の開発依頼だった。当時すでに有機のショートニングは流通していたが、輸入品であるためにロットが大きすぎて小規模店や家庭では利用できないことに加え、硬質でハンドリングが悪く、使い勝手が悪い。そこでリボン食品が、ショートニングよりもなめらかな質感に仕上がるマーガリンを“有機JAS認定”を前提に開発することになった。

「いちばんの難関は香料の問題でした」と開発を担った生産部の高見昌典部長が振り返る。一般的にマーガリンは油脂に水を加えて乳化させた混合物だ。加える水には粉乳・食塩・香料を混ぜ(これを「水相」と呼ぶ)バターに近い風味を生み出すが、有機JAS認証を受けるためにはそれまでリボン食品が採用してきた香料が使えない。

そもそも有機JASの認証制度は、農畜産物や製品に対してではなく、その製造工程を評価するもので、その工程に対する原則が3つある。
①加工する農畜産物の特性が製造工程を経た後も保持されていること 
②加工の際には粉砕・加熱・濾過などの物理的な方法か、酵母や菌による発酵を使った生物の機能のみが利用可能で「化学的な加工方法」は使用が認められていない 
③約60種の例外を除き、化学的に合成された食品添加物及び薬剤の使用を避けること

食品衛生法第12条によれば「香料」は食品添加物となるため、③のように「使用を避ける」べきものとされているが、実は「化学的に合成されたものではない香料」は「約60種の例外」に含まれている。つまり、マーガリンで有機JAS認定を受けるためには、動植物から得られる天然の物質で、食品に香りを付ける目的で使用される「天然香料」を使う必要が生まれる。リボン食品としては、マーガリンの製造工程で使う「水相」に加える香料を「天然香料」にする際に大きな壁にぶち当たったというわけだ。

▼有機加工食品検査認証制度ハンドブック(改訂第3版)

「チーズを使って風味づけしたり、5%以下は使用可能な有機加工品以外の材料を併用したりと、試行錯誤の連続です」。すべてを詳らかにすることはできないが、これまで誰も手がけていなかったのだから、現場の困難は想像に難くない。

国内唯一の有機JASマーガリン。

アイデアと工夫を重ねながら生まれた有機JAS認定のマーガリンは、環境問題や健康に敏感な消費者向けに菓子やパンを提供したい個人店に支持されたが、商品化のあとも苦労は続く。
「有機と名乗るからには、製造過程での制約が多岐にわたります。たとえば、原料自体をコンタミ(不純物の混入のこと)してはいけないので、ほかの製品をラインに流す前、つまり絶対にその日のトップに製造しないといけない。有機でない原料が混入してしまうことがあってはならないので、原料の在庫管理を報告したり、原料の使用量と製品の生産数の整合性を取る必要があったり…。毎年実施される検査もきびしいですね」(高見部長)。

それでもリボン食品がニッチな需要をないがしろにすることは、けっしてない。筏社長が自身の経験をもとに開設した不妊治療に悩む女性向けの商品に特化したWEBサイト「Minotte(ミノッテ)」や、低糖質の食品とスイーツの専門ブランド「低糖工房」、ヴィーガン向けのパイシートなど。「けっして多くはないかもしれないが、需要が確実にあると見込めれば市場に飛び込む」(筏社長)。この姿勢こそが、創業以来受け継がれてきたリボン食品のDNAだ。

article=Testuo Ishida / pictures=Masatoshi Uenaka

リボン食品株式会社
大阪府大阪市淀川区三津屋南3-15-28
http://www.ribbonf.co.jp/