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「8層」に挑んだ職人たち

プロの職人たちを支える冷凍生地メーカー・イズムが8層のクロワッサン生地を開発したのはおよそ2年前のこと。

当時巷では、ある有名店が考案した9層のクロワッサンをきっかけに、層の少ないクロワッサンへの注目が集まっていた。スタンダードと言われる27層よりもザクザクの食感で、バターの香りがよりダイレクトに感じられる9層のクロワッサンは、多くの消費者の支持を集めた。

ブームが続くなか、イズムにも「冷凍生地で層の少ないクロワッサンがつくれないか」とシェフたちからリクエストが届き始める。

思い込みからの脱却

「はじめのうちはお断りしていたんです。機械の構造上、私たちにできるのは16層が最低ラインというのが当時の認識でした。工場では練った生地と油脂のシートを重ねた状態で蛇腹折りにしながらズラし、それを上からプレスして層をつくる方法を採用しています。蛇腹の数はベルトコンベアのスピードで調整ができますが、この時にできる折の最小単位が「4」だと思っていたんです。この工程は2つのラインで1回ずつ行われるので、4つ折2回(4×4)で16層。あとは6つ折と8つ折を組み合わせながら目指す食感にあわせて折り層を増やすことができますが、減らすという発想はなかった。とにかくそういうものなんだと、当時はなんの疑いもありませんでした」(写真:6つ折の製造工程)

そう話すのは、研究開発部の田部井部長。

田部井部長によれば、そうして一度は断ったものの、頭の片隅ではこの時のことがずっと気にかかっていたという。

「理論上はもしかすると可能なんじゃないか…という気持ちもありました。そもそもクロワッサンやパイのようにバターの層があるパンは、層が多ければ多いほど一枚一枚の生地が薄くなって軽いパンができます。それはそれで良いのですが、機械でつくる場合は機械自体が生地にできるだけストレスをかけないような造りになっているので、人の手でつくる生地と比べて弾力がどうしても弱くなってしまうんです。人の手でつくるのと同じような配合で同じようなことをしていても、機械でつくったものは軽さがやや出すぎる。

もっと食感のある香り高いクロワッサンをつくりたい、というのは私たちが以前から目指していたことでもありました」

可能性を信じた開発部は、それまでの最小単位と考えていた「4つ折2回」を打ち破るべく検証を開始。試行錯誤を続けていくなかである日ふと、一方のベルトコンベアを通常より速く動かせば1回あたりの折数を2(通常の1/2)に減らせることに気がつく。

「まさに盲点でした。『そもそもなんでできないんだっけ』と自問自答して考え続けているうちにふっと降りてきたんですよね。裏を返せば、すごくシンプルなことなのにそれまで全く思いもしなかった。考えようとしなければ気づけないものなんだな、と」

機械を何度も調整し、綺麗な2つ折をつくるための数値を算出。2つ折のラインと通常の4つ折ラインを組み合わせれば、これで念願の8層ができる…わけではなかった。

閃きを掴んだ指先

製造部協力のもと2つ折を実装させてみると、新たな課題が浮上した。生地が欠けてしまったり、切れてバラバラになってしまったりと、クロワッサン生地と言うには遠く及ばないものが出来てしまったのだ。

機械に不具合はない。数値的にも間違っていないはず。ではなぜうまくいかなかったのか?

「生地の状態って、本当にちょっとしたことで変わっていきます。特に温度変化から受ける影響っていうのはすごくシビアで、練り上がった生地自体の温度はもちろん、その日の室温でも全然違ってきます。その様子を逐一把握して、生地の状態にあわせて機械も微調整を行わないと、結局失敗するんですよね。手前の工程での仕上がり状況も常に気にしながら、目の前の生地に合った対応をとっていかないといけないんです」

製造部のメンバーはそれぞれの経験と知識、目と指先の感覚を活かして、開発部のアイデアを実現すべくチャレンジを継続。そうするうちに、一人また一人と機械と生地の感覚を掴み、遂に綺麗な2つ折が実現した。

「チーム全体のスキルとして確立するまでには少し時間がかかりましたが、コツを掴んだメンバーの助言を受けながら他のメンバーも徐々に自分のものにしていってくれました。彼らを見ていると、職人だなと思いますね。機械のことをよくよく理解する製造部がいるからこそ、開発を行う私たちも挑み続けられるんです」

そうして完成したクロワッサン生地には、「イズムのこだわりクロワッサン板50」という名前がつけられた。

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