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寒天と幸せの相関性

食の分野のみならず、化粧品や医療用途など様々なプロの力を拡張する業務用素材から、家庭用製品ブランド「かんてんぱぱ」まで、独自の研究開発力を熱源として寒天の可能性を拓き続ける伊那食品工業。

他方、48年連続増収増益、売上高経常利益率10%以上という偉業を成し遂げた“中小企業の理想形”として知られる彼らは、国内外の経営者から一目置かれる存在でもある。

「永続的な経営のためには、自社と自社に関与するすべてが幸せであることが必須条件です」そう語るのは代表取締役社長の塚越英弘氏。「幸せであること」と「寒天」、一見無関係な両者は一体どのようにして結びつき、組織に力をもたらしているのだろうか?

幸せに働くということ

塚越英弘代表取締役社長

「会社は“人”ですから、働く社員たちがまず幸せでなければいけない。じゃあ幸せに働くというのはどういうことかと言うと、自分で決めて自分で動くことだと私は思います。他人に決められたことに対して最大のパフォーマンスを発揮するって、なかなか難しいんですよ。
アスリートを想像してもらうとわかると思いますが、プロは自ら決断し、決断したゴールに向かって一心不乱に努力を続けます。それこそが力を最大限発揮する要件だと思いますし、幸せってそういうことなんじゃないかと思うんです。

庭に仕掛けられた「仕組み」

毎朝の清掃風景。そこにある意図とは

当社には、誰もが、どんな小さなことでも自ら考え行動できるような“仕組み”があります。たとえば、朝の掃除。当社では毎朝全社員で、およそ3万坪の敷地の清掃を行います。持ち場の指定は特になく、部署や役職も関係なしに皆それぞれ思い思いの場所を綺麗にするのが慣わしです。
これといったルールがないと、毎日毎日、自分がどこを掃除するのか考えなければいけませんよね。そうして考えているうちに、周りを観察したり、主体的に考える力が身に付くんです。毎日の掃除は“気づきの訓練”でもあります。

掃除用具入れにずらりと並ぶ多種多様な清掃機器

また、庭掃除用に揃えた道具の多くは、いわゆる“社内清掃”と聞いてイメージされるものより本格的な業務用清掃機器です。慣れれば便利ですが、素人がぱっと手にとって使えるようなものではありません。そうすると、使いたければ誰かに教えてもらうしかありませんよね。部署の垣根を超えコミュニケーションが醸成され、横のつながりが太くなる。その結果、日常業務も円滑になっていきます。たとえば確認の電話一本にしたって、そもそもの接点がないと億劫だったりするじゃないですか。それがこういった時間を通じて徐々に和らいでいくんですよ。些細なことですが、これも“仕組み”のひとつです。

朝の掃除が始まったのはもう50年以上前。それまでは海藻のカスやゴミが工場の床に落ちていても拾う人はいなかったと聞きます。それをどうにかしたいと考えた塚越最高顧問(*)が企てたのが、この掃除でした。
はじめは5m置きにゴミ箱を置くことから始めたそうです。そうすると面白いもので、それだけでも人はちゃんとゴミを捨てるようになるんですよ。続いて、ウェスを入れたクリーンボックスを社内の至る所に設置しました。汚れてるなあと思っていても、拭くものがなければ拭かないのが人間です。でも、すぐ目につくところにウェスがあれば拭くんですよね。
強制するのではなく、どうすれば自分から動いてくれるのか。とにかく考え続けて、その後今日に至るまで長い年月をかけ会社のあちこちに小さな仕掛けを増やしてきました。

*塚越社長の父であり現最高顧問を務める塚越寛氏は、1958年に当時倒産寸前だった伊那食品工業に社長代行として入社。その後、原料価格に大きく左右される相場商品だった寒天の安定供給体制を確立し、さらに素材の可能性を追究して新たな市場を開拓、48年連続増収増益という金字塔を打ち立てた。

広大な敷地に点在する木の枝専用ゴミ箱

ゴミ箱に関する最高顧問のアイデアは、現在も敷地内各所に設置された木の枝専用ゴミ箱に活かされています。何かを強制するわけでもなく、導線を引くだけで、人の行動は変わります。そうやって社内環境も守りつつ、人の心を育んでいくことがねらいです。

いい会社をつくりましょう

庭に設置された記念碑

当社が掲げる『いい会社をつくりましょう』という社是それ自体も、ひとつの仕掛けと言えるでしょう。繰り返しになりますが、私たちが目指すのは“自社と自社に関与するすべてが幸せであること”。そのためには一人一人の主体的な行動が不可欠ですが、『いい会社をつくりましょう』はその前提となる行動指針のようなものです。

社是はもちろん、当社には最高顧問が社長の時代から日々言い続けてきたことを一冊にまとめた『年輪経営』という本があります。考え方の基準となるものが明文化されているんですね。社是と本、言語化された思想を前提に、その上で先ほど申し上げたような細かい“仕組み”が機能していく。そうすることで、皆がそれぞれに“いい会社とは何か”と考えながら、会社全体で“幸せ”というひとつの目標に向かって進んでいけるのではないかと思います。

老舗から得た気づき

「自分たちのことだけを優先してしまうと、一時はいいかもしれないですけど長い目で見たらいずれ綻びが出ます。長期的にものを見ることが大事ですね」

長く続く会社とはどういうものだろう、どうすれば皆が幸せになるんだろう、そう考えた時に手本になったのが日本の老舗です。街に出ると老舗のお菓子屋さんってありますよね。ああいったお店って、ずっと昔からいつも業界全体のことを考えてらっしゃるんですよ。考えた上で、他店の商圏を犯さないだとか、価格競争にならないような商売の仕方っていうのを見出してこられた。
パイを奪い合うようなビジネスでは必ず誰かが不幸になります。それをせず、皆で業界を良くしていこうよというのは日本人がもともと持っていた価値観なんです。

「寒天でよかったなあ」

「寒天の可能性は未知数です。私たちも未だに気づかされることばかりですよ。へえ、こんなやり方もあったんだ、って」

寒天も、我々にとっては目的を達するための手段のひとつです。…と言うと無機質な物言いになりますが、はじまりは偶然でした。父が若い頃に勤めていた木材会社から突然命じられ、同社の子会社だった伊那食品工業の社長(代行)になって。そこからたくさんの苦労を経て今があります。ですが今改めて考えてみると、寒天でよかったなあと思うんです。

寒天って、ネガティブな面が少しもないんですよ。世界にはたくさんの食材がありますが、良い面もあれば悪い面もあるのが普通です。でも寒天って本当に一切ないんですよね、悪いところ。摂りすぎたとしても何の悪影響もないですし、誰にとってもプラスに働く食材なんです。それは業界全体の幸せを目指す私たちにとってはすごく幸運なことだったと思います」

寒天という素材を追究しながら、環境に仕組みをつくり“いい会社”を目指す。ふたつの手段で、伊那食品工業は今日も「幸せ」に手を伸ばし続ける。


伊那食品工業
〒399-4498 長野県伊那市西春近広域農道沿いhttps://www.kantenpp.co.jp/corpinfo/