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主役から名脇役へ

「この10年ほどで、消費者の関心は“焼き立てのパン”から“つくり手の個性”へと移行しつつあります」

そう話すのは、パンの具材となるフィリングやフラワーシートの開発製造を行う田中食品興業所の斉藤真さん。

その店でしか食べられないもの、シェフの思いが詰まった逸品にこそ価値がある、という風潮だ。
60年前の創業時から変化し続ける価値基準と向き合ってきた田中食品興業所が、今推進するものづくりとはどんなものだろうか?


名脇役の使命とは何か

「フラワーシート自体がパンの主役だった20年前から、現代のシートは美味しいパンをつくるための素材のひとつに変わったと考えています。主役から名脇役へ、といったところでしょうか」

田中食品興業所で定期的に行われるというセールスプロモーション、研究開発、営業など異なる役職のメンバーによる企画会議。ここでは、部署の垣根を超えた議論を通じて浮かび上がったキーワードをもとに、これからのものづくりの可能性が追求されている。

2020年には、市場分析に基づき意見を出し合うなかで生まれたある仮説をもとに「濃厚さ」「コク」「キレ」という3つの新たなキーワードが生まれた。その仮説とは、現代の消費者が求めているのは「咀嚼後も続く味の余韻」なのではないか?というものだ。メンバーたちは、手づくりでは表現しにくく手間もかかるこの「余韻」を担うことがシェフたちの世界観を後押しすることにつながると考え、新たなプロジェクトを立ち上げた。そうして誕生したのが、フラワーシートの新シリーズ「ナチュリアーナACE」だ。

「ACEの前身のNEOシリーズは2015年ごろに開発したもので、当時は添加物不使用とは言ってももっとトップのインパクトが強いもの=味がはっきりとわかりやすいものが求められていました。しかし今回私たちが目指したのは、ラスト(余韻)を長く残すこと。これまでに培った油脂の加工技術を活かしながら試行錯誤を繰り返して、ようやく焼いても損なわれにくい味の余韻を生み出すことに成功したんです。シェフたちがつくる美味しさに後を引く余韻を持たせることで、消費者に『また食べたい』と思ってもらえるようなパンがつくれたら嬉しいですね」

モノと情報を結びつける

そして2021年、田中食品興業所には今新たに着目するテーマがある。それが、心も体も満たす美味しさだ。このテーマの実現を目指す彼らの視線の先には、製品ともうひとつ、重要な課題があるという。

「コロナ禍で人々の健康意識は飛躍的に高まりましたが、だからと言ってタンパク質だ、糖質オフだって単純にそれだけやってもだめなんです。大前提として、今の時代、製品に紐づくストーリーをちゃんと伝えていかないと消費者には届かないんですよね。そうなった時に、その情報をシェフたちに向けてきちんと説明するのも、私たちメーカーの責任だと思います」

ただ製品をつくるだけではなく、パンが消費者の口まで届く仕組みも一緒に考え伝えていきたい、と斉藤さんは話す。

そして企画会議で意見を交わすメンバーたちの言葉には、消費者のニーズとシェフの課題、そしてその根底にある理由を常に紐付けて考えながらより良い未来を目指す、田中食品興業所ならではのまなざしが滲んでいた。

シェフと共に歩む、終わりなき旅路

「パンにまつわる困りごとや課題のすべてを解決したいんです」時代を読み解き、シェフと消費者を見つめ続ける理由について斉藤さんは語る。

「商品、ファサード、ポップ、接客、お客さんの行動。見るべきポイント、聞くべき言葉は沢山ありますし、どんなことも一つひとつ掘り下げていくとそれぞれ事情ってあるじゃないですか。だけど表面的な部分だけ見ていたら、それは絶対にわからない。口に入れて美味しいかどうかは勿論、何故売れてるんだろう、あるいは売れてないんだろうというところから目を背けず突き詰めていけば、いずれ点と点はつながります。
街になくてはならないパン屋さんのパンを、シェフと共につくっていく。そのためにはどんなチャレンジが必要なんだろう?諦めずに考え続けることが、私たちの果たすべき役割なんだと思います」