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寒天に用途開発が必要な理由

「理想を思い描き、諦めず挑戦を続けることでまだ誰も見たことのない寒天ができる。そしてその寒天は、様々な分野で社会貢献に寄与することができる。それが寒天開発の一番の魅力です」

そう語るのは、食材として、また化粧品や医療用途など様々な分野における寒天の可能性を追求し続ける長野県伊那市の寒天メーカー・伊那食品工業で取締役開発本部長を務める柴克宏さん。

伊那食品工業は、現最高顧問の塚越寛氏が社長に就任した60年前から、一貫して「研究開発型企業」であることにこだわり続けてきた。
寒天の用途拡大を見据えた素材づくりに始まり、その他の天然ゲル化剤分野にも進出。彼らが新たな領域にチャレンジし続ける理由とは、一体何なのだろうか?

開発者の旅路

伊那食品工業のものづくりは、原料となる海藻の探究から始まる。

韓国、インドネシア、モロッコ、チリなど世界各国の海で採れた海藻(テングサ、オゴノリ)が集められた原料倉庫。研究員たちはこれらの海藻から寒天成分を抽出し、分析や試作を行う。
同じ海藻でも、採れた場所によって様々な違いが生じる。柴さん曰く、その“違い”が、寒天の未だ見ぬ可能性を掴む鍵なのだという。

「新しい海藻を見つけては、抽出して、分析して、組み合わせてみる。そんなことを日々やっていますね。一口にテングサだ、オゴノリだって言っても、育った海や気候が違えば全然違う特徴を持ちますし、新たな地域で収穫した海藻がどんな寒天成分を含んでいるかは実際に抽出してみるまでわからないんですよ」

それぞれの特性を理解し、組み合わせ方を工夫することで、新たな強みを持った寒天を生み出す。そしてその原料を元手に新たな用途探しの旅に出かける。それが、伊那食品工業の開発姿勢のスタンダードだ。

「たとえば、従来の寒天のゼリー強度(*)は500前後とされています。ですがある時、ゼリー強度2000以上の極めて固い寒天ができたんです。そういった特徴的な寒天ができれば、その寒天にしかできない新しい用途っておのずと生まれてくるんですよ。一例として、食べられる寒天の器や、固めたゼリーを削るなんて新しい表現も可能になりました。

まずは素材づくりに邁進する。そうすれば、用途はあとからついてくる。というのが私たちの考え方です。ですから私たち研究者の役目は、とにかく素材の可能性をどこまでも掘り下げること。海藻由来で環境にも優しい寒天が活躍できる場を広げるということは、つまり社会への貢献にも直結する取り組みなんです」

新たな用途を探し続ける寒天メーカーの信条

ものづくりをはじめとする伊那食品工業の事業の根底には、ある約束事がある。それは、「常に業界全体の幸せを考え続ける」こと。

「ですから、私たちはニーズが大きすぎる用途はつくらないようにしています。寒天は自然の産物。採れる量には限界があります。もしも大きな用途ができれば当然たくさんの海藻が必要になりますが、たくさん買うと海藻が枯渇して値段が上がり、値段が上がればお客様に迷惑をかける。それでも採り続ければ、最終的には海藻が尽きて製品がつくれなくなってしまいます」

伊那食品工業のモットーは製品の安定供給、安定品質、安定価格。新しい用途ができたとしても、それがために使う人が迷惑を被る可能性があれば製品化はしない。

「特に寒天の場合は海藻の成分に依存する部分が大きいので、仮にひとつの種が尽きてしまうと別の海藻で代用して同じ性質の寒天をつくるのってすごく難しいんです。この業界において当社しかつくっていないような寒天製品も多数ありますので(*)、私たちがつくれなくなればお客様に直接的な迷惑がかかる。そんなことがあってはいけないんです」

さらに柴さんは、同業者たちにも視線を向ける。

「価格競争や、シェアを取り合う仕事というのはどうしたって勝った負けた、幸か不幸かという話に帰結してしまって、皆が良くはならないものです。ですが新しい分野を開拓していけば、市場そのものが広がっていく。そうすれば私たちにも、業界に関わる他の方々にとっても良いことなんですよ。私たちが新しい用途をつくり続ける理由は、そこにあります」


伊那食品工業
〒399-4498 長野県伊那市西春近広域農道沿いhttps://www.kantenpp.co.jp/corpinfo/