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食べられるフィルムで未来をつくる、寒天メーカーの挑戦

日本生まれの伝統食材、寒天の用途開発に力を注ぐ伊那食品工業。彼らが近年特に重点を置いているのが、寒天をはじめとする海藻由来の可食性フィルムの開発だ。

可食性フィルム「クレール」

可食性フィルムとは、その名のとおり食べられるフィルムのこと。
無味無臭で、口のなかに入れると素早く溶ける。そのため、何かの間に挟んだり包んだりという従来のフィルム用途はもちろん、調理に“仕込む”ことでこれまで難しいとされてきたさまざまな表現が可能になる。

そのまま食べられるということは、つまりフィルムでありながらゴミにならないということ。地球環境を守るエコ素材としても、可食性フィルムは現在様々な分野から期待が寄せられている。

伊那食品工業が市場に投入した可食性フィルムは「トンボのはね」と「クレール」の2種類。同社研究開発部は、発売から30年が経過した現在も日々改良や新たな用途開発を進めているという。

可食性フィルムの面白さについて、入社以来およそ20年にわたり開発担当として研究に携わってきた研究員の落俊行さんに話を伺った。

研究者が語る可食性フィルムの歴史

可食性フィルム歴20年の落さん

「『トンボのはね』と 『クレール』、元を辿ると実はまったく同じものなんです。はじめは、シートの薄さや透明感をイメージして『トンボのはね』と名付け販売を開始しましたが、実際に使っていただいたシェフから『たとえ商品名だとしてもパティスリーの厨房で虫の名前が飛び交うことに抵抗がある』と意見をいただき、名称を変更しました。『クレール』はフランス語で“光”を意味する言葉です」

その後徐々に用途が分かれ、現在では「トンボのはね」と「クレール」それぞれに異なる役割が与えられている。

ヒートシール性がある「トンボのはね」は、包装資材としての用途がメイン。フィルムに含まれる水分(全体の1割程度)が熱をかけることによって溶け出し、糊のようにくっつくのだという。
たとえば粉末スープを「トンボのはね」で包めば、開封せずにそのままお湯を注いでスープをつくることができ、粉の飛び散りも防止できる。

直近では「トンボのはね」で雑穀を包むことに成功

さらに昨今の研究により、これまではNGとされてきた油分のある素材も包めるようになったという。たとえばカップ麺に付属する香味油など、開封時に手を汚すおそれのあるものを「トンボのはね」で包めば、こちらも開封せずにそのまま麺に投入することができるためより衛生的に食べることができる。

カップ麺がさらに手軽になる未来も近い?

「初期のものと比べると、現在のフィルムは格段に進化していると思います。はじめのうちは包める素材も限られていましたし、長い時間置いておくとフィルムに含まれた水分が抜けてガラスのようにパリンと割れてしまうことがあったんです。割れると当然流通できませんし、じゃあ割れないようにと水分値を上げると今度は湿気てベトベトになってしまう。
包みたい素材や使う人の環境によって、水分の動き方にも様々な状況が考えられます。ですから多少の変動にも耐えうるフィルムにするために、何年も試行錯誤を重ねました」

「原料の配合がすべて」の世界で

クレールを使うことで、パイ生地の食感とフルーツの瑞々しさ、どちらも損なうことなく焼き上げることが可能になった

一方「クレール」の場合、ヒートシール性はないが、食材と食材の間に敷くことでそれぞれが水分や熱の余計な影響を与え合わないようにセパレートする役割を担う。たとえば水分の多いフレッシュフルーツを使ってタルトやパイをつくる際にも、フルーツやアパレイユと生地の間に「クレール」を敷けば、水分の移行を防いで生地をパリッと焼き上げることができる。
また、生湯葉のような水分が多くまとまりにくい食材も、「クレール」で包めば中の状態を保持したまま揚げ物などの加工調理が可能になる。

クレールで雲丹を包んで天ぷらに

「フィルムが溶解する温度帯ごとに高温、中温、低温と3タイプの製品を開発しました。水分値の高いフィリングと共に焼成するパイやタルトには、『クレール高温』を使っていただくと効果が実感できると思います。

どの温度帯で溶けるかに関しては、すべて原料の組み合わせで調整を行っています。フィルムは、寒天やデンプンをはじめとする増粘多糖類を原料としていますが、それらをどう組み合わせるか、同じ組み合わせであってもどのような比率で配合するのかによって、まったく異なるものができるんです。寒天自体も当社には様々な特性を持つものが揃っているので、組み合わせの数は無限大です」

「とにかく片っ端からフィルムにし続けました」

本社研究棟の壁にはこれまで世界中から集めてきた海藻がずらり

伊那食品工業が可食性フィルムの開発に着手したのは今からおよそ30年前。当時彼らのパートナー企業が持っていたフィルム素材を活用し、自社ブランド「かんてんぱぱ」の粉末スープをフィルムで包装したことから歴史は始まった。
フィルムの可能性を信じた伊那食品工業は、その後同社からフィルム素材と加工技術を譲り受け、さらなる用途拡大に向け動き出す。

その後、2002年に落さんが入社。可食性フィルムの研究開発責任者として過ごした日々について落さんに聞いてみると、「とにかく素材を集めて、片っ端からフィルムにし続けた20年間でしたね」と笑顔を見せた。

「先ほどもお伝えしたとおり、原料の組み合わせひとつで全く違うものができるというのが可食性フィルムおよび寒天の面白いところです。フィルムで言えば、素材そのものの強度や、溶ける温度やスピードなど。物性をどこまで広げられるかが、私たち研究員のチャレンジですね。物性は広げれば広げた分だけ、新しい用途が生まれる。その繰り返しなんです」


伊那食品工業
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