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W2D4 水を得たシャチ-물에서 사는 범고래

 バスに乗っていくつか先に、庭園学園大学がある。
 その目の前にあるごみ焼却場のすぐ隣に、二人の目的地である、ヨネルギー王禅寺がある。
 ごみ焼却場の余熱エネルギーを用いたここは、温水プールに入浴施設、フィットネスセンターなど、市民の健康に寄与する様々な施設が設置されていた。
 ルナは一度来たことがあったものの、近すぎるとあまり来ないもので、どうしても学校のプールなどで泳ぐことが多かった。
 入場口で、プールで会おうと約束し、中へ。
 そして着替えてプールに入る。
 もはや夏ではなく、冬に近いためか、そこまで多くの人はいない。
 夏だったら感染症予防に予約制か、あるいは人数制限でもしているのだろうが、今の時期はそうでもないようだった。

 ルナは真っ先にプールの上を走るウォータースライダーに昇る。
 乗り場から「おい、ナオ。お前も来ないか? 楽しいぞ!」と声を上げる。
 直也は「恥ずかしいから呼ばないで」と苦笑いをする。
 順番になったのか、ルナはウォータースライダーに乗り、滑り降りてくる。
 明るい顔の表情からして、相当満足しているのだと、直也は感じた。

「ナオ、今度はお前と乗る番だ」

 ルナは言うと、直也を引き連れて昇っていく。
 階段を昇っていくと、直也の足が少しずつがくがくと震えてくる。

「ナオ……高所恐怖症だったのか……」ルナは驚いた表情で言う。

「うん……実はね」

 その言葉に、ルナは少しばかり考える。
 ルナは直也を優しく目を細めて「怖がることはない。僕がここにいる」というと、直也の身体をそっと抱きしめてスライダーを下る。
 目まぐるしく変化していく景色に、直也は目が回る。
 着水したころには、直也はぐったりした様子でプールサイドで伸びていた。

「なんか……ごめん」ルナは言う。

 直也はそんなルナに対してにこりと微笑むと、「大丈夫だよ」、と柔らかな笑顔で微笑んだ。

 それから流水プールに入る。
 ゆっくりと流れるプールは、まるでルナの心の悩みを洗い流してくれるようだった。
 改造されてからのことを少しずつ、ごまかしながら話す。
 直也はその話を、涙を流しながら聞いてくれる。
 そのことがルナにとってはうれしくて、ルナの方も少しずつ涙が流れてくる。

「そんな……月並みなことしか言えないけれど、大変だったね」直也は言う。

 それでもルナにとって、その言葉がうれしくて、はにかむ。

「大変なんてものじゃないさ」ルナは言う。

 どうしてこんな目に合わなくちゃいけないのか。
 神の計画なのだとは思う。
 それでも、ここまでのことをする必要など、あったのだろうか。
 ルナにとってはその意味がいまだに理解できない。
 恐らくこれを本当に理解するのは相当先のことなのかもしれない。
 ルナはそう、吐き捨てるように思う。

「この痛みの意味が理解出来たら、僕も救われたことになるのかな」ルナはつぶやく。

 それに対し、直也はしばらくプールに流されながら考える。
 そして「救いとか、恵って、僕にはよくわからないけれど、クリスチャンなら救われているんじゃないの?」と、直也は言う。
 ルナはその言葉にどういったらいいのかわからず、そのまま押し黙る。

「これはきっと試練で、僕は喜ばなくちゃいけないのかな」ルナはつぶやく。

 悪霊なのか、罪の影響なのかは今だにわからない。
 それでも、この試練を乗り越え、信仰を練り、そして品格を練るのであれば、きっとさらに強い自分に出会えるのかもしれない。
 喜べ、信じろとフィリピ人に対して、パウロは言った。

 今は自分は喜ぶことなどできず、ただ絶望に中にたたずんでいることしかできない。
 これをどのように希望にして言ったらいいのか、ルナにもわからない。
 それでも、聖書で伝える希望は、きっとこの体をもとにも戻してくれるのかもしれないと、思うと、少しだけルナは微笑んだ。

「僕はシャチだからな。これから泳ごう」

 ルナは言うと、そのまま水中へと潜っていく。
 高校時代はトライアスロンをやっていたのもあり、水中を泳ぐことは得意なことの一つだ。
 ルナは水中をまるでシャチが障害物をよけてゆっくりと泳ぐように進んでいく。
 身体をきりもみ状に回転させてみたり、その場にとどまってみたり。
 自分自身がシャチに改造されてるためか、普段よりも何倍も息は楽で、しかもまるでそこで生まれたかのように自分の身体になじんでいく。
 その姿がとても悲しく、そして楽しい。
 矛盾のカクテルに、ルナはくらくらしそうだった。

 その時、激しい銃撃と、耳が痛くなるような音波が発せられたのを、ルナの頭のメロンがとらえる。
 ルナは急いでレーダーを起動し、周囲を確認。
 そこには敵の位置を知らせる三角形のマークが表示されていた。
 ルナはゆっくりと顔を出し、様子を確認。
 目の前にいたのは、自分にも似た、しかし、灰色の細い尾ひれを持つ怪人だった。
 ルナは急いでその場を離れようとする。
 しかし、その目はルナの方へと向けられ、そして彼女を向いて微笑む。
 ルナは警戒し、何も起こることがないよう、細心の注意を払う。

 ルナの後ろの気配を感じる。
 うしろにいた般若面の戦闘兵は、遊泳者の一人の首に剣を突き刺していた。
 ゆっくりとその様子を見るも、遊泳者はくたりと首を落とし、真っ赤な血液で水を汚していた。
 ルナはその場で固まり、怪人を見る。

「あら。傀儡オルカ発見」

 敵は言うと、仮面の奥から不気味な笑顔をにじませ、ルナに近づく。
 そして手近な人間を念力で引き上げると、空中につるす。

「さぁて、ここには裏切者ちゃんがいるらしいけど、さぁて、どこかしらね」

 イルカ傀儡はじっとルナを見ると、人間の腕に剣を飛ばし、ゆっくりと腕を削いでいく。
 肉が、血液が水中に落ち、プールを汚していく。
 さらに兵士によって骨が外され、投げ捨てられる。
 他のプールユーザーはその場で固まり、涙を流している。
 足の筋肉がもがれ、その肉をイルカ傀儡な口に運び、おいしそうに味わう。
 その猟奇に、ルナはじっと見つめる。
 許せない。
 しかし、こんなところで変身できない。
 ルナが睨み、様子をうかがっている間にも敵は人間の肉を削いでいく。
 さらに戦闘兵は子供を見つけると、その子供の筋肉を削いでいく。
 すでに先ほどの男性は骨だけになり、筋肉や着ていたものはプールやプールサイドに散乱している。
 ルナは考える。

 そして、ゆっくりと目を閉じ、右腕のブレスレットに手を掛けた。

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