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W1D2 ようこそニッポニアへ-어서와요

 ここ、川崎市麻生区王禅寺の当たりは、工業都市という川崎のイメージとは違い、落ち着いた住宅地だ。
 大学からもほど近く、東京都心に遊びに行くのも、羽田空港から帰国するにも便利。
 川崎、と初めて聞いた時、京浜工業地域のイメージが強かった。
 また、そのイメージを両親に伝えたところ、のどを痛めないか、などと心配し、空気清浄機を韓国から送ってきたことがあった。
 それでもここ、王禅寺は多摩田園都市にも多摩ニュータウンにも近いエリアであり、心配とは裏腹に、非常に街並みがのどかだ。
 近くに巨大な高級団地もあるが、そことはあまり交流がなく、のどかな風景を保っている。
 駅から遠いために少しばかり不便なエリアではあるが、その分安くて、静かなところも気に入ったところだった。

 教会から自宅に向かうまでの道中は、なんとなく普段よりもしんと静まり返っていた。
 まるで示し合わせたかのように静かな空間。
 その張り詰めた静かさは、どこか緊張感を生み出していた。

 ルナはさらに、どこかから静かな神楽が聞こえてくるのを感じ、その場で立ち止まる。
 何か嫌なことが起こらないかと不安になり手を組んで祈る。
 すると音は止み、静かな緊張感もわずかに和らいだような気がした。

 ルナはさらに少し歩くと、神社の前を通りかかった。
 神社。
 昼間は地域の人々で活気ある雰囲気を湛えるここも、営業時間外の今では亡霊のように静かにたたずんでいる。
 その中から何か不思議な気配がして、ゆっくりと近づいていく。
 そこでは異形のものが、人間を攻撃しようとしている姿だった。

 ルナは一瞬その場で立ち尽くすが、すぐに敵の前に立ち、通せんぼをする。
 敵は般若のようなヘルメットをかぶり、そろいの黒い袴、そして全身タイツをまとっている。
 そして腰にはかつて戦隊ものでみたようなベルトが絞められていた。

 もしかしたら何かの撮影をしていたのかもしれない。
 自分の軽率な行動を恥じる。
 しかし、敵が一目散に去っていくのを見て、少しばかり安心する。
 人間は立ち上がると、「ありがとうございました」と礼をして、立ち去って行った。

 一体何があったのだろうか。
 ルナはその場で立ち尽くす。
 三日月が放つ光が真っ暗闇の住宅街を照らし、なんとも風流に感じる。
 しばらくルナはその光景を楽しんで酔いを醒まそうかと思い、給油メーターにもたれ掛ける。
 すると横に、得体のしれない男性が腰を掛けた。

 鼻先がとがったような白い仮面。
 その口元は、仮面で覆われておらず、開いている。
 そしてゆったりとした白いワンピースを着た人間。
 キツネのような九本のしっぽが揺れ、ルナの背中をくすぐる。

「ポム・ルナさんだね」狐人間、と称すべき人間は男の声で言う。

 その声からこの狐人間は男なのだと判断する。

「なぜ……僕の名前を?」ルナは警戒し、少しばかり身を引く。

 すると男は口元を緩ませると、ルナに菊の花を渡す。

「ようこそ、大帝国ニッポニアへ」

 キツネ男は言うと、ルナの額に手を当てる。
 わずかに魔法陣が見えると、ルナの意識はすっと、まるで風が吹いたように体が軽くなり、真っ白になった。

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