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「草の根のファシズム」吉見義明

 祭祀中心の天皇の生活を変更させた明治政府は、五箇条の御誓文を掲げ、王政復古を宣言した。キリスト教の代わりに天皇を中心とした社会を目指したのだ。
「明治政府がやろうとしたのは、キリスト教の代替物としての宗教を作ることにありました。神の前の平等ならぬ、天皇の前の平等です。この観念を普及させることによって、日本人に近代精神を植え付けようと考えた。伊藤博文はこう述べている。"我が国にありて機軸となすべきは、ひとり皇室あるのみ"」。(日本人のための憲法原論・小室直樹)そして、キリスト教における、神の前の平等が転じて、法の前の平等という近代デモクラシー思想が生まれた。

 利害は真実を歪曲する。子どもの頃、西部劇をよく見た。そこに出てくるインディアンは勇敢だが必ず悪者として描かれた。僕はそこに日本人を重ね合わせてみる。戦争中の日本軍の規律正しさを礼賛する風潮があるが、これは一面的だと思っていた。第3次中東戦争の惨敗後、当時のエジプトのナセル代大統領は「アジアには日本があった。しかし、アラブには日本がない」と語った。感受性はイデオロギーを凌駕するのか。筆者は「普通の人々の個々の体験や記録を普遍化」し、圧倒的説得力として描いた。戦争の底辺で如何に考え、感情はどうだったか、そこに些かならぬ興味があったが、僕はそれらの霧が晴れるのを拒否し、敢えて霧の中を彷徨っていた。驚いた。中国軍が行った通州事件のような殺戮を、日本人は数限りなく繰り返していた。この本に記載はないが、森村誠一の「悪魔の飽食」を読んで以来、石井四郎の731部隊による日本軍の人体実験とGHQとの取り引きも気に掛かる。

 過去を忘れ、何事も無かったかのように、水を流すような清算意識を私たちは持っている気がする。山本七平の書籍でも明らかだが、日本人とはこういった過ちを何度も繰り返す国民ではないのかという疑念を心の片隅に持つ。ただ、これは全体の一部であり戦争はさまざまな側面を持っているのもまた事実である。

 西ドイツの初代大統領ヴァイツゼッカーは、「思い起こすことは、出来事について誠実かつ純粋に思索し、自分の内面の一部となすことです」(過去に目を閉じる者は現在に盲目となる)と話した。また、35,000人の犠牲者が出たドレスデンの和解の演説では、「過去から学ぼう」と話し、2代目ヘルツォーク大統領は、「生命は生命で相殺できません。苦痛を苦痛で、死の恐怖を死の恐怖で、追放を追放で、戦慄を戦慄で相殺することはできません。人間的な悲しみを相殺することはできないのです」と話した。
「戦後の西ドイツの社会形成の良き側面、とりわけ少数民族・少数者の権利の一定の承認や自己検証にもとづく国家レベルでのドイツの戦争責任の承認と近隣諸国との友好関係の樹立、これに対する日本のつっこんだ自己検証の欠如が指摘されているのである」

 M氏よりご推薦いただいた図書。ありがとうございました。

<読書メモ>
・小隊長が軍刀の試し切りのため捕虜の首を切るのを見物した。小隊長が斬り損ね、慌てて首をめった打ちにしたが、落ちない。やっと捕虜が死んだのを見て皆ホッとした。(山本武・一兵士の従軍記録)
・再び捕虜の試し切りを見た。今度は一刀のもとに首が飛んだので一同拍手かっさい。(同)
・つぎのような話しを聞いた。それは南京下関で熊本第六師団が数万の中国軍兵士らを機銃掃射・砲撃・戦車・装甲車などで大虐殺を行い、白旗を掲げ降伏した者を皆殺しにした。このため軍司令官から叱責された第六師団は連日死体の焼却や遺棄を行っており、現場は惨憺たる状況である。(同)
・徴発にせよ緊急購買にせよ、結局は只もらい、強盗の別名にすぎない。品物を徴発し、男を徴用苦力として早速徴発物資をかつがせ、女は強姦に役立ちそうなのは先ず性器を徴発し、ついでに徴発物資が多すぎた場合にはこれをかつがせる。(富士正晴・駄馬横光号)
・命令により良民と言えども女も子供も片端から突き殺す。惨酷の極みなり。一度に五十人六十人、可愛いい娘、無邪気な子供、泣き叫び手を合わせる。(稲木信夫・陣中日記あとがき)
・日本国内で展開されている強硬論、むき出しの資源獲得論に強い反感を感じた、しかし、それは反発以上のものではなく、日本を盟主とする東亜建設論にすがることによって、おぞましい侵略の現実に目をつぶろうとしたのである。
・日本軍による沖縄住民の虐殺、集団自決の強要などは非常に多かった。
・何のための戦争であったのか、今もってその本質について正確な回答を知らない。多くの人を殺戮し、苦しめ、国家間の相互不信を増大せしめ、果ては地球の大自然を破壊する戦争。(石井正治・夢の南方軍政時代を生きて)
・御用商人のKは兵備局以来の友人で、ビルマ人の母と娘婿の二人を愛人にしていた。
・日本軍の残虐行為とともに、日本軍の捕虜や負傷兵に対するイギリス軍の、とても口や筆にすることは出来ないような残虐行為、および中国軍の或る程度の残虐性を知ったことから、戦争自体に対する強い嫌悪感を持つようになった。(三浦徳平・書簡)
・人道と平和を標榜する英軍部隊でさえ、戦場ではこのように変貌していった。戦争とはあらゆる人種の人間性をねじ曲げ、抹殺してしまうものなのだ。(三浦徳平・下士官のビルマ戦記)
・彼は下士官用の新刀を取った。その夜、この軍曹の人肉を食べたことを彼は記している。(バレテ、サラクサクの彷徨)
・戦えば必ず勝つと信じ、自分のものが最善であり、精神と権力絶対であると信じ切っていた日本人に批判と契機を与えてくれるのが、今回の戦敗である。(藤岡明義・敗残の記)
・日本のアジアに対する戦争責任も、十分自覚化されることはなかった。六割強の人々が、アジアに対する帝国意識を持ち続けており、戦争責任を感じていなかったのである。

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