入閣待機組・・・?

  最近ニュースで耳にする言葉「入閣待機組」はどうして使われるのだろう。そもそも入閣を待機するのではなく、捕まえに行くのが政治家の気概ではないだろうか。大臣というポストはそんなに軽いものでいいのだろうか。何回も当選を重ねているから、自分に回ってくるというのは、もうやめにしたほうがいいのではないだろうか。少なくとも佐藤栄作内閣までは、一度も大臣経験が気でない人もいるとある資料で目にした。こうした配慮した結果、日本の政治がますます悪化していくことは目に見えていることである。


   大臣は一般企業で言われるなら、社長のポストである。誰よりも強く責任感を持ち、会社の未来のため、方針を決めていくものである。やる気なくして到底務めきれないものであると考える。にもかかわらず入閣待機組というような、自分から手を挙げることもできず派閥の優先順位とかいう意味不明な論理で大臣が決まることは甚だ疑問であり、理解に苦しむ。


 日本の未来のためというのは言葉では簡単に言い表すことができるが、実際に行動するのは難しい。私自身もこのようなことを書いているが、批判は簡単であるが、行動するのは難しい。しかしあきらめているのではもったいないので、本を読むなり、講演を聞きに行くなり自己研鑽をする。そのうえで選挙に行くことこそ、民主主義の実現につなぐことができ、自分自身の行動となるのである。


 政治家になるのが目標の人は、当選した時で目標は見失うだろう。当選した後にどうしたいか、日本をそして世界をどのように変えていきたいか。しっかりと自分の言葉で述べることができないのなら、政治家になる資格はないだろう。

#入閣待機組 #とは

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