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たわいない話

私のたわいない話を少し聞いてもらってもいいかしら。
私達夫婦は金婚式もとうの昔に終えて、来月はダイヤモンド婚でしたか、迎えますのよ。私達はいつもふたり一緒に行動しておりました。夫は日本そばが好きで日本中のお蕎麦屋さんを巡ったり、クラシックコンサートや恋愛映画を見に連れていってくれたり、テニスや登山も一緒にしましたよ。周りの皆様から評判のおしどり夫婦と呼ばれておりました。長男・次男夫婦も「父さん母さんが僕達の理想だよ。」とうれしいことを言ってくれております。三男が「父さん母さんみたいにいつまでも恋人のようにいられる彼女が見つからない。」と独身を通したのは予想外のことでございました。
 3年前に夫が脳梗塞で倒れてしまいましたの。幸い命は助かりましたが、以前のようにしゃべったり動いたりは出来なくなりました。私は出来る限り献身的な介護をしてきたつもりでございます。でもね、子供達は、「施設に預けたほうがいい。」と言うのですよ。
 残酷でしょ。夫を預けてしまったら私のささやかな楽しみが奪われてしまうじゃないですか。誰も私の本当の気持ちなんて気が付かないのよね。60年間、良き妻を演じてきましたから。
 今日もね、夫の好物の羊羹を買ってきて夫の寝ている横に置いてあげました。夫の手が、届きそうで届かないところにね。夫が手を伸ばして、不自由な体で羊羹を懸命に取ろうと頑張るのですけれど、思うように出来ません。私は、その姿を横目で見ながら縁側でお茶をいただくのです。そういったささいな復讐が、今の私の生きる糧なのですよ。
本当はね、私は日本そばよりラーメンが好き、クラシックよりロックの方が、恋愛映画よりホラー映画が好きだったのよ。
あなたならわかるでしょ。

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