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逡巡

 母親の腕の中ですやすやと安心しきった寝息を立てている赤ん坊の顔を覗き込んだ。空腹も満たされているのだろう少々のことでは目を覚ましそうにない。なかなか手を出せないで、じっと見ているだけの私に、母親である彼女は赤ん坊を差し出した。
私自身、赤ん坊を抱くのは初めてではない。赤ん坊が目を覚まして泣き出したとしてもあやす自信もある。では、何を躊躇して手が出せないでいるのだろうか。赤ん坊の顔があまりにも無垢で、私が触れることによってこの世の中の汚れを擦り付けてしまうことを恐れているのだ。一方で、この赤ん坊を抱くことによって自分の心のくもりがとれて以前の輝きを取り戻してくれることを期待している。生まれて間もないこの赤ん坊にそんな力があるのか・・・それほどこの赤ん坊の寝顔は無垢だった。
 母親の腕から赤ん坊を引寄せようとした瞬間、赤ん坊が目を覚まして私のほうへ手を伸ばしてきた。悪魔の微笑みを浮かべて。

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