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プロローグ

「これ使って」
水色のリボンのついた小さな白い箱を渡してきた彼。誕生日でもクリスマスでもない6月の木曜日に・・・プレゼント?
 彼は、バイト先の喫茶店の常連客のひとりで、
「いらっしゃいませ」
「いつものホットで」
「ありがとうございました」
それ以外の会話をした覚えがない。
 私は、貧乏大学生で生活費を稼ぐために夜の喫茶店でバイトしていた。化粧気も全くなく、ファッションも、興味がないわけではないが流行を追う余裕がないので極々シンプルだった。どこをとってもスポットライトを浴びるタイプではない。
「え?誰に?」
一緒にバイトしている5歳年上のゆるふわパーマのお姉さんに渡して欲しいと頼まれたのかと思い、聞きなおした。
「気に入らなかったら捨てて」
私のエプロンのポケットに箱を入れて、彼は店を出ていった。
 バイトを終えて部屋に戻り、リボンをほどいて箱を開けると、小さなガラスビンが入っていた。生まれて初めての香水。部屋に広がるフィジーの香りに包まれて、私の恋は始まった。

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