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ブックレビュー「レンズ光学の泉 -結像の新たな地平を拓く-」 (1)

(レビュアー:magnon)

はじめに

 今回 X (旧Twitter)でアドコム・メディア(株)殿が本書のモニターの募集を行っていたので、応募したところ当選したため、本書のレビューを行うこととなった。本書の内容は大雑把に後述するが、現在の私の本業で新人~中堅技術者向けの教育を行う機会があり、ちょうど本書の内容が参考となったところもあったため、非常にタイミング良く読む機会に恵まれて感謝している。

 この文書の筆者である私のことに関して簡単に触れておく。私は学生時代の頃はランダム磁性体の相転移関係の主に実験を行っていたため、学生時代は光学とはかなりの距離があった。社会人となって四半世紀程度経過したが、一貫して波動光学の知見を技術的に活用する仕事に携わってきた。結像光学に関しては仕事で自分が必要とする範囲を興味の向くまま学んできたため、系統的に学んだわけでは無く独学のため、この記事に関しても若干のバイアスがあることをあらかじめ述べておく。また趣味では写真撮影を行っており、幾何光学で得られる話題も興味はあるため、本書評は若干趣味の影響はあるかもしれない。

内容の紹介と対象と思われる読者

 本書は雑誌「O plus E」誌(アドコム・メディア株式会社 刊行)の2020年3・4月号から2022年11・12月号(休刊前の最終分)に連載されたものに若干の追記がなされた上で、単行本化された物である。本書は渋谷眞人氏のこのシリーズの前書『レンズ光学入門 -結像の本質を射抜く-』(「O Plus E」誌 2004年9月号~2008年6月号までの連載を単行本化)の続編的な内容と解釈して良いと思われるが、渋谷氏のこれまでの経験に基づいて、より深く切り込んだ内容となっている。

 内容としては前書と同じく大雑把に前後半をなす1章・2章、30頁ほどではあるが単行本のために書き下ろされた3章からなる。章立ては以下の通り。

  • 第1章 「結像の自由度」
    正弦条件と結像の収差、物体移動による収差、シャインプルーフの条件などについて幾何光学を用いた議論が行われる。

  • 第2章 「点像」
    主に回折を用いた議論を軸として、デフォーカスした点像、軸外の点像・正弦条件、斜め像面の点像分布などが議論される。

  • 第3章「多彩な干渉・回折現象」
    波面収差の空間周波数特性・フライアイ照明系における空間的コヒーレンスなどの議論がされる。

 本書(前書も同じだが)を私がざっと読んだ印象として、渋谷氏のこれまでの技術者・研究者・教育者としてレンズ光学に携わった経験を元に、雑誌連載として書かれた物と解釈した。そのため一貫した入門者向けレンズ光学・結像光学の教科書としてはまとまっておらず、本書を用いて入門するという目的では使いにくい。そのため本書の対象と思われる読者については、一度系統的に別な本や講義で光学を学んだ上で、実際の研究や業務でレンズ光学や結像光学を使っていくという状況に身を置いている研究者や技術者となろうか。渋谷氏のような先達がどのように考え、物を見てきたのかという一端を本書を通じて読み解き、自分がレンズ光学や結像光学を学び考えるヒントを得ると言う使い方が良いと思われる。

 別な切り口として、一般的な光学設計者や研究者は全般に読むところがあると思われるが、半導体におけるフォトリソグラフィや光学検査装置のプロセス開発者や装置開発者は2章・3章で得られる物は多少あると思われる。

レビュー

 第1章は正弦条件と結像の収差、物体移動による収差、シャインプルーフの条件などを幾何光学を用いて議論されていく。私はこちら方面には割と疎いため、簡単な紹介となるが・・・ 基本的には正弦条件の復習。有限な画角においては有限な像高で軸外の正弦条件が成り立ってなければならないため、開口数や画角が有限の大きさの場合は、瞳結像の収差の発生、物体移動による収差の発生を議論する。その後その理解のまとめとしてシャインプルーフの条件を扱う。

 シャインプルーフの条件は像面とレンズを傾けた時のレンズ面が、ある一つの直線で交わるときにピントが合う面も同じ直線で交わるというものだが、写真の世界ではティルトアオリ等を用いて活用されている。私も斜面の花畑などで手前から奥まで花畑にピントが合っている写真を撮影する場合に、アオリレンズを用いて撮影を行っている。これに関して写真撮影の技法上はどのようにすれば所望の結果が得られるのかと言うのは、ティルトアオリが出来るレンズを持っていれば撮影をすることによってその感覚的な理解は出来るが、物理や光学の議論として何故そうなるのかと言うのは、光学関係の教科書などでなかなか議論を見かけることは無く、長年私にとって疑問であった。第1章のまとめとしてシャインプルーフの条件に関する議論は、このような結像に何故なるのかという疑問に関する回答、これまでの趣味における伏線の回収と見ることも出来、なかなか興味深い内容であった。

 第2章は点像に関して、主に回折を用いた議論を軸として、デフォーカスした点像、軸外の点像・正弦条件、斜め像面の点像分布などが議論される。光学を一般的な教科書に沿って独学した場合、(特に私の場合に当てはまるが)光学特有の用語に振り回されて本筋がわかりにくいと言うところがある。デフォーカスした点像に関しても同じようなことが言える。実際の波面とデフォーカスしたときの参照球面の差を考えて収差として考える。開口数が大きくなったときは瞳座標の高次の項を考慮しないと誤差が大きくなる等、なかなか一般的な教科書からは読み解けなかったが、本書ではそのあたりクリアーに議論が進んで、私の理解も深まったように思える。また瞳座標を方向余弦で考える理由(§2.5.2.2)に関しても明快な説明がなされている。こういう、細かいところではあるものの一般的な光学の教科書の記述が抜けているところに関するところを、フォローアップして読んでいくことが本書の有効的な活用法であろうと思われる。

 第3章は多彩な干渉や回折現象で渋谷氏が実際に遭遇した事例が紹介されている。事例としては2件。21世紀初頭に話題になり実際プロセス上の問題となったローカルフレア、フライアイレンズの長距離の空間的コヒーレンスとゴースト像である。どちらもリソグラフィのプロセス上の問題として顕在化した問題だが、実際に直観的に何故そうなるのか分かりがたく、そもそもこういう問題にぶつからないと分からないことはある。これに関する光学設計側からの議論はなかなか興味深い内容と思われるため、本章の想定読者はおおむねリソグラフィの技術者と思われる。

まとめ

 本書の内容の紹介と対象読者の項で書かせていただいたが、本書(前書もだが)は雑誌連載を単行本化してまとめたことと、連載のライブ感みたいな物が残っている単行本化である点で、記述が重複している点や冗長に感ずる点があり、この分野を学ぶ教科書としては使い難い。その反面、著者の渋谷氏の経験や知見はかなり詳しく書かれており、他書に書かれていない独自の話題が非常に多い。そのため入門的な教科書や一般的な教科書とは異なり、本書の価値はもう少し現実的・実際的なところにある。先に「渋谷氏のような先達がどのように考え、物を見てきたのかという一端を本書を通じて読み解き、自分がレンズ光学や結像光学を学び考えるヒントを得ると言う使い方が良い」と書いたのはそのためである。

 近年、国内でも先端半導体企業の誘致や起業、工場の建設などが盛んになってきている。そういう状況で結像光学を理解しておくべき技術者の必要性は以前よりは増していると思われる状況である。そのため本書とは別に結像光学について、定性的な理解で留まらない適切なレベルでまとまった教科書や参考書が望まれるため、その登場に期待したいと考えている。

(以上はモニターによるレビューです。レビュワー名は敬称略です)

 『レンズ光学の泉』は以下のリンク先よりご購入や試し読みができます。よかったらご覧くださいね。



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