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エール ―若き画像研究の旗手へ― 第1回 画像AI研究の「こうありたい」テクノクラート像-現場に深く根差した佐藤雄隆博士- 

-A more than the expected Technocrat of Image AI Researches―Dr. Yutaka Sato―


序-「エール」の経緯-

 本誌を出版するアドコム・メディアから,今号からの新連載である『エール—若き画像研究の旗手へ—』という,“かなり難題” なオファーをいただいた。難しいと思ったが,“一縷の” 可能性があったのでドキドキしながらもお受けした。一縷の可能性というのは,現在進行中の本誌の連載(『輿水先生の画像の話—その魅力も宿題も—』) があったからである。このたびの新オファーは,ここの“画像” を“画像研究者” に置き替えた感じで,それも次代を担い始めている“若き画像研究の旗手” にフォーカスして,OplusE 誌からエールを贈りたいという企画のお話であった。この熱いご依頼に絆(ほだ)されて,そして,少なからずその思いには共感できたからである。

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 今号は初回なので,この共感の中身に短く触れることから始めさせていただきます。2つあります。
 その1。いま世界と時代の要諦は多様性(diversity)にある。学会でも個性の輝きとそれらの多様性が尊重される時代に向かう,まさにそのカイロスであろう。画像 AI研究の現場においても無理やりな一元的価値モデルよりは,多様な個性的タレントの研究者がそのままに輝きやすい世界を描き出すのがよい。これが多様性の核心である。この連載「エール」はまさしく,多様で魅力あふれる画像研究の旗手たちに向けてお送りする,ささやかなお手紙なのかもしれないではないか。
 その2。今時の時代的課題は,DL 技術開発研究で顕著なように,組織内教育ハイアラーキ的危機(ネガティブなDX)にある。大学ラボや産業現場における一子相伝的な“組織内職域教育システム” の崩壊は珍しくないともいえる。どうしたらよいのであろうか?自主的アウトソーシングや超組織的連携強化を進めることが応急策の第一歩である。しかるに,この連載「エール」は,その便(よすが)の一つであると確信している。どこでどのように多様な“画像研究の旗手” と出会い深く知ることができるか?ひいては,旗手の周りに連なる多くの若き研究者コミュニティの質量を如何にしたら応援し押し広げ高めることができるか?に無関心ではいられないからである。

 というわけで,いかにも「学術的公開ラブレター」のごとき「エール」連載ですが,しばしお付き合いをお願いいたします。画像AI研究界がいよいよ多様に輝きを放つことを願って!

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 かくして,この連載の初回を飾っていただく「若き画像AI研究の旗手」には,産業技術総合研究所(以下,産総研)の佐藤雄隆博士にご登場をお願いした。そして,性急なこのお願いをご快諾くださった。この新連載にとって,はなから一騎当千の味方を得た心持ちである。幸先の良い船出がきれそうである。写真1は,画像センシングシンポジウム(SSII)にて議論を楽しむ佐藤さんらしい佇まいの貴重な一葉である。


SII座長で議論を誰より楽しむ佐藤さん
写真1 佐藤雄隆さん

1.はじめに-佐藤さんへのエール-


 産総研・筑波大学教授の佐藤雄隆さんは,筆者ごときが「若き友人」と申し上げたらもう叱られるような気がする。すでに画像AI研究の産学官の,とりわけ官におけるリーダーだからである。しかし,これまでの浅からぬご縁にも免じて受け止めてほしいと願っている。
 あらためて,佐藤さんは,下記のようなご経歴と現職からして,少し語弊を恐れつつであるが,すでに日本のテクノクラート(Technocrat/技術官。科学技術や経済運営,社会政策などの高度な技術的専門知識によって,政策立案に参画し,その実施に関与する官僚,管理者。)にふさわしく,その現場の第一線にて疾走中であって,画像AI研究の旗手というべきであろう。

2004年 独立行政法人産業技術総合研究所 知能システム研究 部門 研究員 2004年 独立行政法人産業技術総合研究所 情報技術研究部門 研究員 2010年 独立行政法人産業技術総合研究所 情報技術研究部門 主任研究員 2012年 独立行政法人産業技術総合研究所 情報・エレクトロニクス研究分野 研究企画室 企画主幹 2013年 独立行政法人産業技術総合研究所 知能システム研究 部門 主任研究員 2014年 独立行政法人産業技術総合研究所 知能システム研究 部門 研究グループ長 2015年 国立研究開発法人産業技術総合研究所 知能システム 研究部門 研究グループ長 2018年 国立研究開発法人産業技術総合研究所 知能システム 研究部門 副研究部門長 兼研究グループ長 2020年 国立研究開発法人産業技術総合研究所 情報・人間工学領域 人工知能研究センター 副センター長 (https://www.aist.go.jp/aist_j/aist_award/2019/abpa.html#no3 より)


 このように,画像AI研究界における佐藤さんは,すでに何の不足も不満もない。しかし,どうも佐藤さんは少し変わっていて,テクノクラートのボーダーを前方に外れて平凡ではない。この画像AI研究界のカッティングエッジ(cutting edge)に住み,よくある職業別人物ステレオタイプを優れて逸脱している気がする。このことが何とも言えない魅力を醸していて,“官製” 研究リーダー・旗手の嘗てなかった可能性を発信されていると思うのである。まさに「こうありたい」,「こうあってほしい」と皆が願う魅力的なテクノクラートだと思う。この魅力こそが日本の画像AI研究に本物の活力を与えてくれそうで,心からエールをお届けしたいと願う次第である。

 佐藤さんのカッティングエッジぶりは多岐にわたっている。
 まず,佐藤さんは第一線の画像AIの研究者である。その研究課題に対する切り込み方が面白く平凡でない。例えば,リーチフィルタ研究でもCHLAC 研究でも画像DL学習研究においても,その研究スタイルに目を奪われるのである。技術哲学,研究哲学がその現場の細部に宿る,ともいうべき感がある。それはきっと,日常的な産業現場との技術交流のみならず,筑波大学,北海道大学,産総研,時に岐阜県の研究プロジェクトに係わられながら,多くの画像AI研究の多様な現場に深く根差して係わって来られて静かに醸成されたのかもしれない。
 また,佐藤さんは学会創設運営においても第一線のリーダーである。画像AI研究の学会運営現場にも心血をますます注いでいて,その活動自体がすでに平凡ではないと思う。これはまた,所属組織上層部や海外や時代動向へのキャッチアップの重責をクリアしながら,しかし,仕着せられた予定調和を越えた新機軸を紡ぎ出そうという気概を感じているのは,私だけではないだろう。

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 産総研では,筆者は一度だけ招聘研究員をお勤めしたことがある。この機会をも含めて,有能で果敢な研究者との知遇を得るたくさんの幸運があった。国家の技術研究COEたるミッションを担いながら,暴れ馬のごとき若手の研究マインドの自由闊達な姿には驚いた。反権力的・反権威的な気風がそこに満ちていた。この系譜を新時代に向けて膨らませようと奮闘されている佐藤さんにはエールをお届けしたい,と陰ながらも願うのも私だけではないだろう。

2.研究への視線-事例とメッセージ-

 研究は新規性を重んじる。それも,できることなら発想も原理もどこかの誰かの土俵に乗っかってちまちました新規性を探すのではなく,新しいスキームを出したい。しかし,このような意気込みを感じさせてもらえる研究者に出会う経験はそんなに多くない。ところが,佐藤さんと佐藤さんのグループからは,インパクトをもって発信され,外来種でない刺激が画像研究界にもたらされている。その事例とそれを裏づける秘密について考えてみたいのである。

(1)研究課題をあぶり出す研究は,極上の研究である!
 既存の土俵で勝つ研究もよい研究であるが,土俵をつくる研究こそ極上の研究である。佐藤さん(のグループ)の研究からは,いつもそんな声が聞こえてくる。
 例えば,1990年初頭の高次局所自己相関特徴抽出法(HLAC)や「CHLAC」(立体高次局所自己相関特徴法)は,独自の数理理論に裏打ちされて,その研究テーマの成果だけでなく,底流する問題意識までもが皆に届く問いとなったような気がする。DL技術で盛り上がっている画像認識の研究には,学術的深みに一歩踏み込んだ議論が待たれている。そんな気分の画像AI研究ノービスにとって非常に印象深かった,佐藤さん(のグループ)の講演をある時お聞きしたことがあった。これらは,下記のご研究であった。

・賀 雲,片岡裕雄,白壁奏馬,佐藤雄隆: “ 人を見ない人物行動認識”,ビジョン技術の実利用ワークショップ
 (ViEW2016)講演論文集(2016)(平成28 年精密工学会画像応用技術専門委員会若手奨励賞受賞)
・Y. He, S. Shirakabe, Y. Satoh, H. Kataoka: “Human Action Recognition without Human”, ECCV 2016
 Workshop(Oral,Brave New Idea)(2016)

 飛び込み選手やテニス選手を動画から認識してトラッキングする研究では,近時ではDL技術の独壇場になっている。技術のエッセンスは,学習ネットワークモデルないしそのハイパーパラメータを課題内容に則して決められるか?画像データセットないしそのアノテーションの品質を課題内容に則して担保できるか? である。佐藤さん(のグループ)は,この基本問題にこれらの研究によって面白い問いかけをされた。


テニス選手トラッキングの学習機械は,背景だけを見せても学ぶ!
写真2 DLで「図」を学ぶか?「地」を学ぶか?


ECCV 2016 Workshop ポスター(Oral, Brave New Idea)
写真3 テニス選手トラッキングの学習機械は,背景だけを見せても学ぶ!

 学習用画像データの見せ方に潜在する,写真2のような視覚心理学でいう「図と地」の問いかけにまっすぐに対峙した研究であったと筆者は受け止めた。佐藤さんは,写真3のようなネットワークモデルを構想して,人物領域「図」を隠して教示せずその代わりに背景領域「地」を見せても,人物トラッキングを成功できると示した。これは細部に目をつむるとほぼ自明にも見えていながら,万人に届く入力層の設計問題とアノテーション問題の核心を突いていたのであった。認知科学,視覚心理学,視覚生理,情報科学にも及ぶデータサイエンスの深みに届く問題提起であった。例えば,DLのハイパーパラメータ,提示画像のサイズと図と地のバランスが最重要である。このコンセプトを証明する,優れたPoC的研究であったように思う。

(2)「トレンドリサーチはリサーチ」宣言へのエール
 DL研究は激動中である。日々の時時刻刻のトレンドリサーチが欠かせない。DL研究ではことのほか,自身の研究のマップづくりもポジショニングもその成功のほぼ100%を約束してくれている感じさえする。
 この意味で,佐藤さんと氏のグループはすごい。DL研究の若手研究者の突出した才能と熱量をグループの力に変容する,そんなマジックを見事に成功させている。「トレンドリサーチはリサーチ」と佐藤さんが言い切ったのであったと想像してよいであろう。ご存知であろうがその試みとその成果(http://xpaperchallenge.org/)は顕著である。
 そして,このような徹底したトレンド研究の中から生まれて皆をアッと言わしめた,下記の画像データ増量法も学会でバズった。パターン生成空間と潜在空間の代数的全単射関係がとりわけこの研究では興味深く感じている。

・松崎優太,岡安寿繁,中村明生,佐藤雄隆,片岡裕雄:“フラクタル幾何学を用いたデータセットの拡張および
 特性評価”,MIRU2018 (2018)(2019 年度産総研論文賞)
・自然法則に基づく深層学習,NVIDIA 講演会( 秋のHPC Weeks),2021年10月18日
・ACCV 2020 BEST PAPER HONORABLE MENTION AWARD受賞

(3)3 つ目は,引き続きおねだり的エール
 果たして,本質的課題を暴ける研究が(も)研究だ,新しい問題を見つける研究が(も)研究だ,そのうえで見つかった問題解決技術研究も研究だ,・・・などと改めて我に返って思いめぐらすと実に面白くワクワクする。いわゆる学術論文は一元的に括らないほうがよっぽどよいことに気付くではないか。「サーベイ」論文とか「クリティック」論文とか「評論」とか「基礎」とか「基盤」とか「技術」論文とか「応用」とか「チュートリアル」とか「対論」論文とか…,学術論文の個性の多様性を自覚的に輝かせるべきであろう。
 ところで,それらの展望を拓くためには,どこで誰がどのように取り上げたらいいのであろうか?そこで,日本国のテクノクラート,それも予定調和を好まないカッティングエッジの佐藤さんにこそ,このような学術的学会的リテラシに重層的な見通しをつけるべく試論し展望していただけないものでしょうか?
 さらに妄想を膨らませる。画像AI研究の本性はなにものなのであろうか?かのH. ベルクソンのいう物質科学(Matter Science)と記憶科学(Memory Science,情報科学)で整理すると,圧倒的に後者にあろう。AI,ビッグデータ,データサイエンス,画像認識,機械学習,深層学習,数理統計,確率統計などの時代のキーワードは優れて後者の現象を取り扱う。画像AI技術という格好の舞台を借りて,記憶科学の科学技術論とカリキュラム構想を,佐藤さん的に展開していただきたい,と念願してやみません。

3.学術場づくり-佐藤さんのインパクト-

 極論すると,学会活動には,学会という学術場を作る仕事もあるし,その学術場を借りてわが研究を鍛錬する仕事もある。筆者は,後者にのみ戦場のように拘るだけの生き方にもあり方にもあまり魅力を感じない。その意味で佐藤さんは何とも魅力的である。
 殺人的なマネージメント激務のなか,佐藤さんは学会運営と育成に熱いものをもって臨んでおられる。よーく身の回りをみてください,佐藤さんは稀有で顕著である。それを知る現場を1つだけあげよう。

写真4 佐藤さんが実行委員長のSSII2018のポスター

 2014年度から産業技術総合研究所知能システム研究部門研究グループ長をお務めであったから,まさにその只中に,SSII2018とSSII2019の実行委員長をイキイキと務められた。写真4は,その時のポスター(現物はカラー)である。
 どうイキイキであったか?産学が集うSSII開催に際してそのテーマ追い込みへの拘りは下記のごとく出色であった。時代の技術シーズと産業現場の要請,およびその解決策への浅からぬ関心と洞察なくしてはあり得ない。もちろんリアル開催での参加者の記録を大きく更新し,1,406名になったのであった。佐藤さんが率いた実行部隊の学会催事実装への繊細かつ精力的な取り組みの品質を証(あかし)するに充分であった。この佐藤さんの心意気には,今後ともに大きな「エール」をお送りしたい。

SSII2018のコピー「急成長する技術 × 膨張するニーズ」(参加者1,266名)
SSII2019のコピー「技術・ニーズ・人材が出会う結節点」(参加者1,406名)

 ここでぜひとも1 つ補遺したい佐藤さんへのエールがある。
 コロナ禍は,オンサイトとオンラインのハイブリッド開催への需要を加速しつつある。コロナ禍の終焉があったとしても,オンラインの需要は決してなくならず,同時にオンサイト喪失感解消の希求は消えない。よって克服すべきハイブリッド開催の難題の筆頭は,オンラインとオンサイトの参加者の分断,これを乗り越えることに極まるのではないかと思っている。
 そのためには私見であるが,“スーパーなMC(super Master of Ceremony)” の登場が学会現場で強く待たれる,とひそかに考えを巡らせている。そして,佐藤さんは,MCないしファシリテータの才が卓越している,と筆者は思っている。好評であった,ViEW2019のISセッションのLIVE中継インタビュアーを務められた佐藤さんの雄姿をご記憶の方は少なくないでしょう。

4.結び-佐藤さんの佇まいと哲学のこと-

 本連載「エール」初回に,産総研の佐藤雄隆さんにご登場いただいた。画像AIの先端的研究においても,SSIIなどの画像AIの学会牽引においても,佐藤さんはすでに何の不満も不足もなく時代の旗手であろう。佐藤旗手にもその佐藤旗色にも期待と「エール」を贈らせていただきました。佐藤さんにはお暇なときに拙い「エール」に一瞥いただけたら,また,読者の皆さんにはこの「エール」に込めた思いを拾いあげていただけたら嬉しい限りです。

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 最後に,思い出したことがある。
 筑波で開催された国際会議,ICPR2012の折であった,仲間たちと佐藤さんのご自宅に寄らせていただいた。立ち入った話題で盛り上がった。談論風発が楽しかった。細部で思い違いがあることを恐れつつ記憶を辿っていて思い出したことがある。佐藤さんの御父上は大学で教育研究をされている哲学の先生であると明かしてくださるくだりがあった。本稿執筆に際してこのことを鮮明に思い出した。連想記憶が活性化されたようだ。
 画像研究へのアプローチの佇まいにおいても学会運営の立ち方においても,佐藤さんはその哲学を人任せにしない。研究教育一家の父君の哲学的薫陶を浴び続けていたからに違いない。佐藤さんのルーツの嬉しい秘密にちょっとだけ触れた思いがした。そして肖(あやかり)たいと思った次第である。

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 さて,本連載第2 回「エール」は,どなたにご登場いただくか思案中であります。IAIP(JSPE)に関係する気鋭の先生にご相談し,おそらくお願いが叶いそうである。

(以上)

(OplusE 2022年1・2月号(第483号)掲載。執筆:輿水大和(ひろやす)氏。
ご所属などは掲載当時の情報です)




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