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セルジュ・ルタンスの感想1

ルタンスが大好きな先輩に「たなかさんもどう? いつも心にコレクションノワール」と言われたときは、いや、闇なんか現実だけで十分でしょ……と思っていた。せめて娯楽品は明るく楽しく。いつも頭がハッピーハードコアな人間なので、いわゆるゴシックな世界観のルタンスは方向性が違うと思って敬遠していた。まあ見るだけなら……と初めて訪れた銀座のSHISEIDO THE STOREは、ソニープラザで見たことあるようなお手頃化粧品すらも美術品のように陳列され、クラスでパッとしないと思ってた子がいつの間にかモデルデビューを果たしていたときのようなドギマギと恍惚の間を揺れ動く気持ちになった。

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光り輝くラビリンスの最奥に鎮座ましましているのは、フレグランス界のラスプーチンことセルジュルタンスのスペース。午前中で1000部完売しそうな風格。黒で統一されたディスプレイに、赤や橙のジュースカラーが映える。ボトルの前に置かれているポエムをひとつひとつじっくり読んでいると、何やら集中を妨げる、ホラー映画の導入っぽいおどろおどろしい音が傍らから聞こえてきた。

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なんか檻から見てる人おる……そこには、応接用の小さなスペースの暗がりに浮かび上がるように「檻の中の調教師」のムービーが流れていた。ブランドのことはよく知らなかったが、この人がセルジュルタンスなんだなと直感的に理解した。「『檻の中の調教師』はフランジパニとイランイランの甘い香りで……」とお姉さんがムエットを出してくれたとき、「今そこに! 檻に入ってる人が見えました!!」と興奮しながら言ってしまった。「そうなんです。セルジュルタンス本人が写っています」自分で檻に入ってるムービー作る人とか絶対におもろいやん……ふと、ムービーの横にひっそりと置かれている写真集が気になった。ディズニーのヴィランのように彫刻的なメイクを施した女性たち。昭和らしい、アナログならではのざらついた陰影、死と美がじっとりと溶け合った雰囲気に惹きつけられ、この写真をもっと見たいなと思った。

エスプリ セルジュ・リュタンス

というわけで、香水より先に写真集をGET。自分が買ったときは14000円くらいだったので、実質コレクションノワール1本買ったみたいなものである。しかし判型がB4変形とハチャメチャにでかい。ルタンスのことは檻に入った調香師なのかと思っていたが、公式サイトを見てみるとどうやらメイクと写真のアーティストらしい(香水の調香はクリストファー・シェルドレイク)。

SERGE LUTENS セルジュ・ルタンス
香り、化粧品、映像、写真・・・さまざまな分野で永遠を内包するような独自な美を生み出し続ける「フランスの知性・哲人」とも称されるアーティスト。彼の心を揺さぶるのは、美しいもの、まぎれもない本物、そして完璧なもの。

1968年からディオールのメークアップラインのアーティスティック・ディレクター、1980年から資生堂のグローバルイメージ展開の責任者。写真集には、少年時代から女友達にメイクを施して写真を撮っているうちに実力を認められファッション界に進出したとある。説明を読んでも肩書が多すぎて何の人なのか分かりづらいが、写真集で作品を見ると、ディオールや資生堂が何を求めてルタンスを呼んだのか何となく理解することができる。

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はえーかっこいい……モデルが身につけているアクセサリーまでルタンスが作っているというのは驚き。とにかく幻想的で、人間らしい生が感じられない。現代ではメイクといえばナチュラルとかすっぴん美人(もう古い?)が流行りだけど、ルタンスのイメージが必要とされた時代は、化粧の効果の一つとして、別世界(遠いアフリカの国々やおとぎ話の世界、彼岸など)を旅するような非現実性・非日常性が求められていたのかもしれない。

この写真集「エスプリ セルジュ・リュタンス」はルタンスが好きな小説や詩がフランス語で引用されており、巻末に日本語訳がまとめられている。フランス語はあんまり分からないが、本文にやたらombre(影、闇)って単語が出てきて笑った。ちなみに写真集とは関係ないけど、ルタンス本人の写真はこの闇の商人みたいなやつが好きです。

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Feminite du bois フェミニテデュボワ(木のフェミニティ)

ルタンスの香水は、関東では空港・銀座・帝国の3ヶ所でしかお目にかかれない。最初に資生堂ストアに行ったときにきちんと試香していればよかったのだが、ムービーと写真に気を取られすぎてもったいないことをした。写真集のおかげで俄然ルタンスに興味が出てきたものの、いきなりフルボトルを買う度胸も銀座に行く時間もないため、まずは中古市場でサンプルを買い漁ることに。ちなみに大人気のディスカバリーセットは、定価8800円に対して中古相場15000円である。加減しろ莫迦!

最初に入手したのは、香水に詳しい人は全員絶賛しているイメージがあるフェミニテ。発表当時は、女性用の香りとしてウッディをメインに据えたのは革命的だったとか。実際につけてみると、何だか妙にワクワクする香り。これは、貧困な語彙で語ればいわゆる寺ノートである。法事で訪れた馴染みの寺、お坊さんへのご挨拶もそこそこに、子どもたちはバタバタと応接室に上がり込む。黒く磨き上げられた清潔な机にはお茶のセットが置かれ、そこには香ばしいモナカが人数分並んでいる。寺とお菓子が手を取り合って、まだ何も難しいことなんて考えなくてよかった子供時代の純粋な喜びを思い起こさせる香り。ノートを見ると、[ウッディかつ女性的な香り] アトラスシダー、蜂蜜、フルーツ。言われてみると、ドライいちじく的な草っぽい甘みもあるかもしれない。

フェミニテのストーリーにあるパレロワイヤルの本店がすごい。ombre以外のフランス語もちゃんと覚えたらいつか行ってみたいな。

La dompteuse encagge ラドントゥーズアンカジェ(檻の中の調教師)

カーン! ギギィー! ドゥーン……(ここで収監されたルタンス登場)

や、ムービーの話はもうええって。香り自体はモノクロの雪山からは想像もできないような楽園系。ノートの説明にフランジパニ(プルメニア)、イランイラン、アーモンドとあるように、白や黄色の南国の花々が放つ優雅で濃厚な甘さ。しかし、芯には終始冷たい透明感があり、まるで拘置所の床に横たわりながらハワイ旅行の夢を見ているかのような、甘さの裏にある残酷な現実をほのめかしている。ルタンスをはやくシャバに返してあげて……

La religieuse ラルリジューズ(修道女)

今回試した9種の中で一番好き。夏はずっとジャスミンティーを飲んでいるくらいジャスミンの香りが好きなんだけど、香水になると甘く陽気なチュベローズっぽくなってしまう物が多くて、あまり手が伸びなかった。ところがラルリジューズは、甘いながらもユリのような湿気と暗さをたたえており、雪を思わせるしんとした冷たさが、ただの陰キャフラワーにならないよう全体を引き締めている。香水の紫のカラーも香りのイメージに良く合っていて、陰鬱とした修道女が心のない幽霊のように儀礼的ルーチンをこなす姿が目に浮かぶ。

ルタンスは幼い頃修道院に身を寄せていた時期があり、そこで修道女から受けた冷たい仕打ちの記憶がこの作品の元になっているとのこと。そもそも第二次世界大戦中に私生児として生まれ里子に出されるというハードライフを送っており、彼にとって人間の業、心の闇とはすぐ近くにあるものだったに違いない。「闇なんか現実だけで十分でしょ」と嘯く自分は、浅瀬につま先をチョンとつけただけで大海を知った気になっているおませな赤ん坊であった。人間の醜さと美しさ両方を認めて、アートでしかたどり着けない独自の美しさに昇華しているところが、ルタンスのすごさなんだなと思った。

Clair de musc クレールドゥムスク(透明なムスク)

ムスクというのは鼻解像度72dpiの人間にとって、つけてる? つけてない? と迷うとらえどころのない香りだ。つけた瞬間は、肌の自然な甘い香りを強調したような温かみ、にわか雨を思わせる湿気がアプレロンデに似てるなと思った。

アプレロンデ
Top notes : Anise, Cassia, Neroli, Bergamot and Lemon
middle notes : Violet, Orris Root, Mimosa, Carnation, Sandalwood, Ylang-Ylang, Vetiver, Rose and Jasmine
base notes : iris, Heliotrope, Vanilla, Benzoin, Musk, Styrax and Amber

クレールドゥムスク
粉末状ムスク、ベルガモット、ネロリの花びら、トスカーナ産アイリスパウダー

何で急に英語? ゲランちゃんのノート表記が「バイオレットやアイリスなどの花々のパウダリーな香りに、バニラがアクセントとなった華やかなハーモニー」と大雑把すぎて全然わからずFragranticaで拾ってきたからです。っていうかムスク、ベルガモット、ネロリ、アイリス全部入ってるよ! 嗅覚いい仕事してるな。同じムスクメインのディプティックのフルールドゥポー(ムスク、 アイリス、 アンバーグリス)にも似ていて、うーんムスクといえばアイリスなのか……と勉強になった。ムスクメインの香りを嗅ぐたびに、(素材同士の隙間を補って全体に豊かさをもたらすという意味で)みそ汁のお出汁だな~と思うのだが、お出汁だけで味わってもなかなか美味しいものである。

クレールドゥムスクは、肌がもとからいい香りの人であるかのように、体の一枚上に薄いヴェールとして留まって、忘れた頃にふわりと香ってくる。ムスクといえば温かみや安心感のイメージが強いけれど、アンカジェやラルリジューズでも表現されているような冷たさが、ルタンス独特の凛としたイメージをもたらしている。

香りが似てると言って並べてみたものの、3つがもっているテーマや時間の経過で展開される表情はぜんぜん違うものなので、やはり香りは単なる分子の組み合わせではなく、人の思いが核をなす芸術なんだなあと思いました。

Five o'clock au gingembre ファイブオクロックオジャンジャンブル(ジンジャーが香る午後5時)

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ジャンジャンブル……名前の響きがかっこいいので期待値MAX。「19世紀、英国、午後5時、お茶の時間。 正しく服を着こなしたひとびとが、 ジンジャーの香り高い砂糖菓子や紅茶を優雅に楽しんでいる…」ということで、ペンハリガンみたいに固い香りなんやろなあと思って一吹き。

すると、突然一人暮らしのワンルームに転移した。カーテンの上部の隙間から差し込む暖かい光が、すでに昼過ぎであることを知らせている。床には脱ぎっぱなしの衣類が散乱し、酒の空缶もそのままだ。ベッドでは彼女が昨晩の余韻の中でまどろんでいる。起こしてシャワーを浴びなければ……とその滑らかな肩に触れると、汗とシャンプーの入り混じった甘酸っぱい匂いが鼻よりも先に脳を染め上げて、心臓が高鳴った。うおおお!!!!! 大学はもういい。今はまだこの心地よい匂いに包まれていたい。突然の抱擁に「何!? なに!?」と驚くのも構わず、彼女の胸に顔をうずめ、その体臭を余すところなく吸い込もうと深呼吸した。

これは完全に汗まみれの女の人の体臭。言いづらいけど、特に腋の部分。どこが格式高いティータイムやねん。こんなんつけてたら講義サボって交尾(韻)に明け暮れてた怠惰な大学生と思われてしまう。

ただ、これはつけた部分を至近距離から嗅いだときの話で、ある程度離れたところから香ると、木造のカフェのように落ち着いた上品な甘みになる。つけて2時間くらいすると、ジンジャーの角も取れ、紅茶っぽいまろやかな深みが出てくる。ティーカップを傾ける紳士たちのカフスから香る、少しお硬いオーデコロンの雰囲気もある。

オフィスや友達とのショッピングではブレザーが似合うマニッシュな印象を与え、カレピとのデートではエッチな香りということで、一石二鳥。ソーシャルディスタンスをうまく操れる人ならオススメ。

La fille de Berlin ラフィーユドゥベルラン(ベルリンの少女)

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つけた瞬間はピリッとしたローズだなと感じるけど、すぐにめちゃくちゃ血の香りがすることに気づく。冬だからローズの酸味が出やすいというのはあるかもしれないけど、それを抜きにしてもゾッとするほどしょっぱい。香り自体に驚くというよりは、美しいボトルに血の香りを封じ込めて、それが人の肌の上で再び放たれることを想像してこれを作った人間がいるということにビビる。物陰に潜んだルタンス(上の写真)にこの反応を見られているような気すらする。肌で味わうがいい!って檻の中の調教師で言ってたけど、絶対ベルリンの少女のときも言ってるよね。つけて30分ほどすると、お米のようなホッコリしたスパイスが出てきて、この少女がまだ生きていて、ウールのジャケットに積もる雪を払って力強く歩きだすのがわかる。

この香りの歴史的背景(?)については、アットコスメで知識人が詳しく語っているので勉強になりました。ベルリン市街戦の中で、ソ連兵に蹂躙されながらも強く生きる女性の香り。心に喝を入れたいときに。

Fleurs d'oranger フルールドランジェ(オレンジの花)

フルールドランジェという名前の香水はディプティックにもフラゴナールにもルラボにもあるように、ありきたりすぎてルタンスらしくないなあと思った。説明も全然ポエムってないし。「あたたかみ、まぶしさ、新鮮な生命感、風の動き… すべてがつけるひとの周りで豊潤に立ち上る」ってそんなのは光属性のブランドに任せておけばええんやで。香りの方はというと、ジャスミンの渋みがオレンジの香りに若干の写実性を与えているものの、柑橘の酸味がないので何となくぼやけた印象(花だから酸味ないのは当たり前なんだけど、ネロリ系とかもいつも物足りない気持ちになっちゃう)。花の甘みとムスクでフェードアウトというありがちなドライダウン、持ちも4時間程度と短い。手首に鼻を近づけて注意深く嗅ぐと、鉄か血っぽい酸味があるような気がするんだけど、ノート表記にそんな要素ないので、これはルタンスに闇を求める気持ちが見せた幻かもしれない。

Nuit de cellophane ニュイドゥセロファン(セロファンの夜)

数回つけてもフルールドランジェと全然区別がつかなくて、ノートを見たらどっちもミカンと白い花のマリアージュ! 液体色もオレンジでお揃い。お前らは……血を分けた兄妹だったんだよ!(タロット山荘殺人事件)

フルールドランジェ:オレンジの花、ホワイトジャスミン、チュベローズ、ホワイトローズ、ムスク

ニュイドゥセロファン:中国のキンモクセイ、マンダリン、ホワイトフラワー

両腕にワンプッシュずつつけて比べてみると、どちらも柑橘とお花の明るい出だし。フルールドランジェの方が、ジャスミンの渋みによって香りの輪郭が現れて、身動きする度にしっかり鼻に届いてくる。セロファンは本当に注意深く探さないと香りを捉えることができない。トップはオレンジっぽくツンとさわやかで、ミドルはお花と石鹸のような感じ……キンモクセイと聞いて思い浮かべるような甘い香りは見つからない。

他にキンモクセイの香水あったかなと宝物庫を探してみると、ザディファレントカンパニーのオスマンチュスがあった。

【トップ】ベルガモット、グリーンノート
【ミドル】オスマンチュス、マンダリン、ジャスミン
【ラスト】ムスク、ピンクベリー、ローズ

ミドルの構成がキンモクセイとマンダリンでお揃いやん! と思ったものの、オスマンチュスは古風な旅館を思わせるいぐさっぽいグリーンノート→温泉っぽいしっとりした重みのある石鹸に変化して、ニュイドゥセロファンとは全然違う。ノートの表記は実際の香料とは全然関係ないことも多いらしいので、あくまで参考にしかならないであるよ。ニュイドゥセロファンは暑い季節にきれいに香りそうな予感がするので、またトライしたいと思います。

Santal majuscule サンタルマジュスキュル(夢物語のサンダルウッド)

トップはかなり渋くてしょっぱい感じ。仕出し弁当に入ってる、茶色くなるまで漬けられたたくあんっぽい。というかこの纏わりつくセロテープっぽいケミカル臭は……もしかしてこのサンプル劣化してる!?!?!??(完)これまでのレビュー全部怪しくなってきたな。よい子は店頭で確認しよう。

つけて30分ほどすると、運良くセロテープが遠のいて、潤いと透明感のある未知のウッディが現れてきた。雪の中にきらめく清流、空気を引き締めるスパイシーな芳香を漂わせる白檀……暖かい日の光に包まれた山の風景がまぶたの裏に展開される。ホワイトジャスミン&ミントもそうだったけど、透明感のなかにキラキラっと光る繊細な表現をしようとすると、このセロテープになりやすいサムシングを使わざるを得ないのかもしれない。


というわけで、一つ試したら次から次へと気になってしまい、一気にルタンスの世界に引き込まれてしまいました。沼にはまだ入ってないから大丈夫。自分光属性だし。今週銀座に行く予定があるので、今回試せなかったロルフェリンやバニラの木も試してみたいと思います。カーン!(ここでセルジュルタンスのロゴ)ドゥーン……

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