#4 日記帳/江戸川乱歩

江戸川乱歩 「日記帳」(岩波文庫 浜田雄介編『江戸川乱歩作品集 I 人でなしの恋・孤島の鬼 他』 収録)

この日記帳を見るにつけても、私は、恐らく恋も知らないでこの世を去った、はたちの弟をあわれに思わないではいられません。

この物語は、兄が七日前に死んだ弟の日記帳読みながら物思いにふけっているところから始まる。兄が三月九日まで日記を読んだところで、雪枝という一人の女性の名前が書かれているのを見つけ、この二人の恋の行方について推理していく。

ところが、二人のやりとりにはこれといって恋文らしい感じはない。でも確かに弟は後悔しているのがこの日記の一文からはっきりとわかる。

「最後の通信に対してYより絵葉書来る。失望。おれはあんまり臆病すぎた。今になってはもう取り返しがつかぬ。ああ」

普通なら、これで弟は雪枝さんが好きだったんだな、恋してたんだよかったよかった、となってもおかしくないと思う。しかし、物語はここからさらに事実を確かめようと推理に拍車がかかる。

これは、亡弟が残して行った一つのなぞとして、そっとそのままにしておくべき事柄だったかも知れません。しかし、何の因果か私には、少しでも疑わしい事実にぶつかると、まるで探偵が犯罪のあとを調べ廻る様に、あくまでその真相をつきとめないではいられない性質がありました。しかも、この場合は、そのなぞが本人によって永久に解かれる機会がないという事情があったばかりではなく、その事実は私自身の身の上にもある大きな関係を持っていたものですから、持前の探偵癖が一層の力強さを以て私をとらえたのです。

難解な謎を解いていく兄の熱心さは不気味なほどで、実際に謎を解けば解くほど兄の心情は乱れていく。その彼の心情の変化の謎は最後の一文で明らかになる。

弟の死ぬ二ヶ月ばかり前に取きめられた、私と雪枝さんとの、取り返しのつかぬ婚約のことを考えながら。

ぎゃお! 日記の中の謎解きという二重に鍵がかかった弟の想いを自らの手で開けたことで真実を知ってしまった兄の煮え切らなさったらない。

(ラザニア)