#3 失われた三時間/スコット・フィッツジェラルド

スコット・フィッツジェラルド / 村上春樹 訳「失われた三時間」(中公文庫『マイ・ロスト・シティ』収録)

主人公のドナルドは飛行機の乗り継ぎのため、ある街に降りたつ。次の飛行機までの三時間のあいだにある女性に会うことを思いつく。十二歳ときに別れたぶりの初恋の女性に電話をすると、彼女は結婚をしていて姓がかわっていた。結婚して引っ越した先に電話をすると彼女が出る。すぐに会うことになり、お互いの時間を埋めるように話す二人。実は女性の方も好きだったと告白されるも、さらに話していくと埋まらない何があった。

出会ったときの気まずい雰囲気から、だんだん彼女が思い出し、初恋が現在進行形の恋へとかたまっていく描写を読んでいると、誰にでも起こってしまう発熱のように思える。しかし、それがドナルドにとって大切な個別的ものであることもわかる。

彼女がアルバムを取り出してから物語は急転直下。そんな運命的な出会いなどそうそうあろうはずもなかったのだ!

俺はこの飛行機を乗り継ぐたった三時間のあいだに実に多くのものを失ってしまったようだ。でも、それがどうしたというんだ? 俺のこれからの人生なんて、結局は何もかもを切り捨てていくための長い道のりにすぎないじゃないか? どうせそれだけのことなんだ、きっと……。

切ない。「失われた」というよりもそもそも「なかった」のに。なんとも大袈裟に思えてならないが、急に存在し即消えてしまったものに対する抗えなさと喪失感は誰しも感じるものではないか。何か大事なものを失ったことがある誰もがちくりとするような物語をたった12ページでどうぞ。

(大虎)