【千葉】地すりを求めて~浦安三社祭⑥
浦安三社祭の三日間で、地すりを撮影した動画は13本集まった。
地すりとは何であるのか、ここで持論を述べておこうと思う。
書いたもの、書かれたものは、書き上げた瞬間から書き手を離れて、読み手に委ねられる。
どう読み、解釈し、自らの行動につなげてゆくかは読み手の判断次第であり、自己責任ということになる。
だからといって、俺が書いたものによって、読み手が思い悩んだり振り回されたりすることは本意ではない。
読んで楽しみ糧とするものであってほしい。
今から述べることは検証不可能な俗説であり、人が語らぬ珍説だ。
さっと読み流して、忘れてもらってかまわない。
それでも俺は書き手として、自らの心にもないことは一切書かない主義だ。
そのことだけ頭に入れて読んでもらえたら、と思う。
■祭りと陰陽五行■
さて、どうしようか。構成上、気が重い話から進めていこう。
⑤で出会ったご婦人とのやりとりで、神輿の宮入りの際には女性は神社境内に入れない(退出するよう求められる)ことについて触れた。
今は女性も神輿を担ぐことができる。
女人禁制のこの慣習もいずれ撤廃されるのだろうか。
残念ながら、答えは否である。
神社神道が、古代中国の陰陽五行の思想をとりいれて祭祀しているうちは、変わりはしないだろう。
陰陽五行について、ここで解説を加えると話が超絶長くなるので、やめておく。
境内に女性が入れない理由は、陰陽説にもとづく。
男が陽で、女が陰。
陽は縁起がよいが、陰は縁起が悪いとされている。
簡単にいえば、縁起が悪いから女性(陰)は境内に入れないのである。
これを差別的とするのは現代的な考え方にすぎない。
それをいうなら古事記の神話は差別にまみれているし、そもそも神社なんか来ないほうがいい。
浦安三社の祭祀はとりわけ、縁起を担ぐ傾向が強いという印象がある。
■神輿担ぎと陰陽説■
縁起担ぎは、浦安における神輿の独特な担ぎかたである地すりにもあらわれている。
「すり」や「さし」、「もみ」における音頭取り(この名称が正しいかどうかは不明)は、
まわれーまわれーまわれっ!
もめーもめーもめっ!
と3回ずつ唱えている。
3は奇数で、陰陽説では陽。縁起がよい数字である。
「ほうり」の直前、担ぎ手は担ぎ棒を叩いてから神輿を放り上げる。
音頭は、よーいよーいよい!
その後、担ぎ手は担ぎ棒を「ヨイヨイヨイ、ヨイヨイヨイ」と6回叩く。
ほら、偶数もあるじゃない。
それは違う。3回ずつ2度叩いているのだ。
そして神輿を3回放り上げる。
つまり、3×2+3=9だ。
陰陽説では一桁の奇数の中でもっとも大きな数字である9を、もっとも縁起がよい数字としている。
日本の場合は9は「苦」に通じることから忌み嫌われる傾向がある。
祭りにおける縁起担ぎは古代中国の思想の影響を受けているということが、ここでもわかるだろう。
地すりの最終形(ほうり)において9の数字を出すことで、浦安の神輿は最強の縁起を担いでいる。
そこに観客が群がるわけだから、人のパワーも相まって、祭りはとてつもないパワースポットとなる。
そんな神輿が80基以上も町中を練り歩くのだ。元気をもらえないわけがない。
■なぜ縁起を担ぐのか■
神社祭祀の話に戻る。
浦安の神輿が最強の縁起を担いでいることはわかった。
しかし、なぜそこまでするのだろう。
女性(陰)を排除してまで縁起を担ごうとするのはなぜなのか。
言うなれば、その理由はいのちを守るためだ。
浦安の民はかつて漁師だった。
海が荒れ、川が氾濫すれば、生命は危険にさらされる。
自然の猛威を前に、人間はいまだ為す術を持たない。
だから神仏にすがり、祈り、願いをこめる。
自分ではどうすることもできない困難に立ち向かうために、超自然のパワーに頼るのだ。
長い歴史の中で培われた伝統を、現代人ごときの判断で変えてよいものか。
変えたければ変えればいい。
それでもし何らかの災いが降りかかったときに、誰が責任をとるのか。
ご神木を切り落としただけでも災いが起こったなんて話はたくさんあるのに。
⑤のご婦人もわかっていたんだと思う。
伝統なんだから変えなくていいのよ、という言葉には深い意味がある。
■神社は女性を軽視しているわけではない■
その一方で、女性が神輿を担ぐことができるようになった。これをどうみるか。
神輿を担ぐ衣装に関して、きびしい規定がある。
法被や半纏の着用はもちろんのこと、髪を振り乱さないようにきっちりまとめ上げ、さらには祭り足袋を履くことが義務づけられる。
これは女性の男性化(男装)を意味する。
男になりきって、祭りに臨むのだ。
陰陽説では「陰中に陽あり」「陽中に陰あり」という。
女性の中にも男性らしさがあり、男性の中にも女性らしさがある。
神輿担ぎへの女性の参加は、陰中の陽を限りなく認めた結果と考えられる。
しかし、あくまで民間祭祀(民間信仰)のレベルであって、神社祭祀のそれとは異なる。
逆に、男性が女性化(女装)する場合もある。
古くはヤマトタケルのエピソードが挙げられるだろう。
熊襲(くまそ)を討伐するべく、ヤマトタケルは九州の有力豪族である熊曾建(くまそたける)兄弟の館に潜入する。
宴会に奉仕する女性にまぎれこむべく、ヤマトタケルは叔母の服を借りて女装する。
髪を下ろして童女の姿になり、酒に酔って油断した熊曾建兄弟をみごと討ち取った。
ここで重要なのは女装よりも、女性の服を借りたということだ。
ヤマトタケルは景行天皇の皇子であり、スーパースターである。
周りに女性はいくらでもいただろうし、「衣を借り受けたい」の一言で、その場で脱ぎ出す者も少なくなかったであろう。
いや、変な意味じゃなくて(汗
それ以前に、自分の身丈に合った服をあつらえさせることもたやすいはず。
なぜ、叔母の服なのか。
ヤマトタケルの叔母は倭比売命(やまとひめのみこと)。
天照大神を伊勢の地に祀った人物であり、相応の霊力の持ち主だ。
女性のみが持つ超自然的なパワーのことを、女性霊力と呼ぶ。
ヤマトタケルは失敗すれば生きては戻れぬミッションに挑むにあたり、叔母・倭比売命の服を借りて身にまとうことで、女性霊力にあやかろうとしたのではないか。
そうすることで、ヤマトタケルは自身の陽中の陰(女性らしさ)を最大限に発揮し、女性になりきることで敵を欺き、勝利を得たのである。
神社には女の神さま(姫神さま)が多く祀られている。
巫女さんだっているし、最近は女性の宮司さんやご神職も増えてきた。
現代人の目線からみると差別的なところも見受けられるが、神社はけっして女性を軽視しているわけではない。
女性霊力について考えることも旅のテーマであるのだが、しばらく登場予定はない。
だから、ここで語らせてもらった。
■地すりが表現しているもの■
本題に入ろう。地すりとはいったい何であるのか。
ここから先は見立てのスキルを用いてみよう。
見立てとは簡単にいえば、ある事物を他の何かになぞらえて表現することである。
富士塚などは、まさにそうだ。
神輿の動きは何に見立てているのだろう。地すりが表現しているものは何か。
神輿は神さまの乗り物であるという。
御霊を移した神輿は、目の前を横切ることも、上から見下ろすことさえも許されない。
実際には、人混みによってやむなく御前を歩いたり、大きな祭りでは宿の二階の窓から眺めたりすることもあるわけで、有名無実化してはいる。
その一方で、調子に乗って神輿の上に乗ったやくざ者が親分に指を切らされた、なんてエピソードもある。
そう考えた場合、
実はそうではない。
若衆の立ち位置はふつう(地上)であり、神輿が沈んでいると考えるべきだ。
どこに沈むのか。
「もみ」が波であるならば、「すり」で沈んでゆく先は海の底に他ならない。
海の底には何がある。
そうだ、竜宮だ。
海神を龍とするのは人間の勝手な想像にすぎない。
しかし、清瀧神社の祭神・大綿積神は竜宮の王であり、娘の豊玉姫は蛇体の姿を夫に見られてしまい、育児放棄した末に実家(竜宮)に帰ってしまっている。
さらに、二つの弁財天(清瀧弁財天、左右天命弁財天)は白蛇に化身することもできる。
これらの関係性をふまえて、神輿に乗った神さまが龍(海神)であると考えて話を進める。
「すり」の後の回転動作(まわれ)は、龍がとぐろを巻いて力を蓄えている様子とみる。
なぜ力を蓄えるのか。
天上において、龍は雲を操り、稲妻を起こして雨を降らせる。
あるいは、雲を切り裂き、地上に太陽の光を降り注がせる。
これら自然の恵みにより作物は育ち、浦安の民に恩恵をもたらす。
そこから先のことは食物神でもある当代島稲荷神社や豊受神社のそれぞれの神さまにバトンタッチされ、役割分担を果たすというわけだ。
当代島稲荷神社の神額には龍が彫られ、豊受神社の境内社には龍神が祀られている。その意味に気づくべきだった。
竜宮の痕跡を求めるべく浦安の町を探しまわったが、それは間違っていた。
竜宮の痕跡は、浦安沖に竜宮があると信じていた浦安の民の祭りの中に、人々の心の中に、そして神輿の動きの中に存在していたのだ。
■こんな時代だからこそ景気をつけろ■
ここにいたるまで、約2年もの月日がかかった。
千葉県全54市町村に伝わる民話や伝承の地を訪ね歩いてみて、
・海神は龍でもある →上総国一宮・玉前神社(一宮町)、玉﨑神社(旭市)
・龍は雨を降らせる →龍角寺(栄町)他
・今回関係ないけどキツネ(稲荷神の使い)も雨を降らせる →飯高寺(匝瑳市)他
こうして得られた知見を積み重ねたうえでの見立てである。
はじめて浦安三社を参拝したのは2023年4月のことで、この時点ではまだ何も語れなかったと思う。
旅に出るごとに、少しずつ手ごたえを感じはじめている。継続は力なり、というべきか。
それにしても3日間、ものすごい人出だった。
大勢が密集することも、大声をあげて何かに打ち込むことも、生活の中から失われつつある。
祭りの中でたびたび聞かされた「景気をつけろ」という言葉も、もはや死語に近い。
景気はいつしか経済活動の指標として数字で語られるようになり、本来の意味であった活気の有無を語る言葉ではなくなってしまっている。
数字を操作して景気の良し悪しをうたったところで、庶民は豊かさを享受できていないのが実情だ。
今や日本経済は、ゆるやかな衰退の時を迎えているという。
だったら何だ、といいたい。
俺たちは生きている。衰退するために生まれてきたわけではない。
景気とは、気だ。心の持ちようだ。
数字なんかじゃない。俺たちこそが、景気なのだ。
何を言ってるのかわからないと思うが、つまりはそういうことだ(笑)。
大声を出すこともはばかられる昨今ではあるが、たまには声を張りあげて、自ら景気づけたっていいじゃないか。
景気をつけろ。そうだ、景気をつけるのだ。
けーぃきーをーつっけっろっ(それっ)!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
……なんだ、この地響きは。龍神か?
いや、違う……!
えー、なんだか石川賢せんせー漫画の打ち切りエンドみたいなオチになってしまったけれども、不思議をめぐる旅はまだまだつづく。
つづくのだ!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
[2024年6月14~16日]